Formicophilia 終

セラフィの手を縛っていた包帯を一旦外し、デスギドラはその場で軽く身支度すると、未だに快楽の余韻で息を荒げつつ小刻みに肉体を痙攣させている彼女を一瞥する。
あれだけ欲情でひどく火照っていた体が妙に冷える。寒さもさながら、やはり“あの時”の一言が仇になったせいだろう。

「何がミニラ君だよ、肝心な所で萎えさせやがって……」

セラフィの胎内を思う存分犯し、最終的には獣慾をぶちまけたはいいが、それでも気分は未だに憤ったままだ。

「まぁ、フェアリーの元に送る気は失せたが安心しな。アンタ孕む心配ねぇしさ」

聞いているかどうかは知らないが、漸く呼吸が落ち着いてきた相手に軽く投げかける。その時の表情は闇に紛れて見えないが構わない。
実際 デスギドラは絶頂の際に白濁は出せてもそれは創造主の趣味なのか、それとも不死の代償なのか、単に本物の精液とよく似た色と匂いの代物だったからだ。
それは例え別種族の雌を抱こうと、ましてや幾星霜の年月が経とうとも絶対に覆らない事実だった。陵辱の証としてどれだけ種付けを繰り返しても結果が成せないのは痛いが、そんな事はどうでも良い。今やコイツは光線は疎か緑を蘇らせる力を失ってしまい、ほぼ虫螻同然だ。
先程全く無関係な男の名前を口にした罰もあるし、このまま一思いに殺そうか?一頻り考えた所で、デスギドラは小さく首を左右に振った。

やはり止めておこう。自分はまだまだ反抗的とはいえ、こんなに可愛い玩具を手に入れたんだ。ぶっ壊すのは勿体ない。身も心も食い尽くしてやる。もし飽きたら施しと称して、彼女の体に秘められている屋久杉の力を根こそぎ吸い取って………楽しみ方は幾らでもある。
策を巡らせてゆく内、自分の中でどす黒い炎がくすぶり、思わず舌舐めずりする。あぁ、そう考えると生意気なコイツが相変わらず艶かしく見えてくるじゃないか。今にもむしゃぶりつきたくなるな。そう思いながら肩から龍を出し、白を垂らしながら未だ花開いている秘部に再び起ちかけた自身を這わそうとした瞬間、突然遠くから湿った土を踏む足音がした。

「あ…?」

生き物か?しかし、音は次第に夜霧を裂いてこちらに向かってきている。気配から察するに、1体だけのようだ。

(盛って来やがったか…ケダモノめ)

とはいえ、これからする行為には邪魔だ。ここは一度炎を出して脅かしてやろうと思い、龍の口に朱を灯らせた瞬間、それは眩いアクアブルーの熱線によって撃ち抜かれた。
爆炎が上がり、辺りが一瞬明るくなる。それがきっかけでセラフィは目を覚ましたが、真っ先に視界に入ったのは――――。

『ヴァォオォオオン!!』

龍のけたたましい絶叫が辺りに木霊し、口からは黒炎が立ち上る。その下では、デスギドラが直立したまま明後日の方向を向いて怒り狂っていた。

「――――っな?!だ、誰だコラァ!」

思わず片方の龍も繰り出し、闇の中に潜む襲撃者を牽制する。

「いるなら出て来やがれ! 問答無用で丸焼きにしてやるぞ!」

苛立ち混じりに咆哮した直後、依然として途切れない月光の下で木々の中からそいつは現れた。
長く白いマフラーをたなびかせ、スモーキーグレーとブラックのツートンカラーの髪を一つに束ね、鳶色の目をした青年―――何よりも目に付いたのが、鍛え上げられた肉体と、時々見える黒く長い尻尾だった。それはよく見ると波形の鰭を生やしていて、未だにぼんやりと青白く光っている。

(彼奴……ゴジラか?)

馬鹿な。彼奴は大事がない限り怪獣島から動かないはずなのに、なぜ此処にいる?もしや奴の息子か?
そんな中でも、青年の視界には殺気をまとわりつかせながら仁王立ちしている男と、彼の足許で蹲る怯えた表情の、ほぼ裸と思わしき女性。
そして彼の視界に後者が入り込んできた瞬間、一間置いて青年は驚愕と怒りを混ぜ込んだ表情でデスギドラを睨み付けた。

「………お前ぇぇ!!」

空気を震わす咆吼が辺りを劈き、思わずデスギドラの足が後ろに退く。
自分は何故、こんな得体の知れぬ若造に気圧され怯んでいる? 余韻を妨害した奴は絶対に生かしておけない。

「くっ……邪魔すんじゃねぇ、クソガキがぁあ!!」

青年に負けず劣らずの咆吼を上げ、禍々しく燃え盛る紅蓮の炎を絶え間なく連発する。
当然ながら、セラフィもまた眼前の騒ぎに意識を覚醒させていた。
真っ先に目に入ったものは怒りに任せて相手に攻撃しているデスギドラと、そんな攻撃をものともしない青年の姿だった。

(あれは……ミニラ君…?)

周囲が赤に染まっている上に背丈や体格は違えど、時々伺えるあの髪色で彼だという事は判る。

どうして彼がここに?気だるい思考を叱咤しつつ声を上げそうになった直後、隣から何かが横切った。

「きゅうー!」
「フェアリー!?」

どうやって此処へ?問いかける前に、炎の猛威が迫ってきている。
此処は危ない。

「きゅっ、きゅうー」
「う、うん…私は大丈夫だから……」

這いながらセラフィはフェアリーに導かれるまま、火の届かない場所へ行く。

その時、不意に胎内が痛み出すと注がれた白濁が内腿を伝い、背筋に悪寒が走った。

「っ……!」

痛い。気持ち悪い。でも動かねば。
聖なる力は無くなっても、私にはまだ親世代から授かった四肢がある。それが機能している限り、私は此処で死ぬ訳にはいかない。
そんな中でフェアリーが心配していると、青年は後数歩の所で稲妻を宿した炎に直撃した。

「ああ……!!」

終わった。あの煉獄の如し炎に燃やされれば、先ず助からない。というのも、あれはかつて母の命を奪った技だからだ。
その間にも、デスギドラは青年の足が止まった途端、禍々しい高笑いを浮かべて追い討ちと言わんばかりに炎を集中的に撃ち続ける。

「ハァーッハッハッハ!どうしたよ!もう終わりかぁ!?」
「……!!」

断末魔を上げる様子はなく、がくん、と青年はその場で膝を着く。最早勝負は目に見えていた。

「や、止めてー!」

セラフィの叫び声は虚しく、木々の燃え上がる音にかき消される。
何もできない自分がもどかしい。せめて光線の一閃でも撃てたら……しかし次の瞬間、炎に変化が起こった。

「……あ?」

突然空気の流れが変わったかと思うと、青年を包んでいた炎が赤から蒼へと変わってゆき、次第に全てが彼の背鰭に吸い寄せられてゆく。
その度にそこは消え入りそうな燐光から眩いそれに輝いてゆき、遂には辺りの炎に負けない程の光へと変化した。

「な、っ何ぃ?!」

その間にも青年はゆらりと立ち上がる。マフラーがはらりと落ちた。
今まであんな芸当の出来る奴は他に見た事がない。そして―――背鰭と同時にもう一つ輝いている部分があった。
彼の右手が、目も眩むようなアクアブルーの炎を上げて燃え盛っている。

「うっ…嘘だろオイ!」
「…はぁあ!!」

デスギドラが反撃するより先に、青年の飛びかかるスピードが早かった。
件の右手がデスギドラを後方に殴り飛ばしたかと思うと、間髪入れずに馬乗りになり、拳を何発も叩き込む。

「く、ッそぉ!! 離し……ガフッ!ぅがあ…ゲッ!」

血反吐が飛び散り、時々殴った反動でデスギドラが反射的に口から炎を吹き出した事で青年の横顔に軽い火傷を作ったが、それでも青年の殴打は止む気配を見せない。
彼の表情は生憎絶えず動き続けているのと、眩い蒼炎のせいで判りづらかったが、恐らく計り知れない憤怒で満ち溢れているに違いない。その気迫にセラフィは思わず息を呑む。

(凄い……まさか、あのミニラ君なの?)

蒼い炎で青年の顔が照らされ、一瞬だけ彼の瞳がセラフィを捉える。彼女の危機に駆け付けたのだろうか。それとも、単に偶然か? 更なる蒼炎の一発がデスギドラの顔面を捉えた直前、それを左肩の龍が食らいつき、動きが止まる。

「くっ!?」

『ヴァアアァオォオオンン!!』

今や顔面が殆ど潰れた主に代わり、龍達が反撃する。口内が焼け付くが、気にしていられない。後は右側が炎を撃てば済む事だ。間髪入れずに右腕の龍が口を大きく開けて獄炎を出そうとした途端、別の方向から声が聞こえてきた。

「デスギドラ! 貴方の狙いはこっちでしょ!?」

音源を目だけで見やるとそこには、いつの間に移動したのだろうか大木の裏に隠れたセラフィとフェアリーがいる。
何かと思ったら、今や文字通り虫螻同然のお姫サマか。邪魔すんな。目線だけでそう訴えかけた瞬間、左側の首が吹っ飛んだ。

『ビギャアアッ!!』

片割れを失った激痛と驚愕でのたうち回りながら絶叫するが、焼き切れた箇所はホースの様にのた打ち回り、しまいめにはきな臭い煙を上げながら力なく地面に横たわった。
それがセラフィの狙いだった。わざと攻撃側の気を逸らせ、隙を作らせる。一か八かの戦法だったが、結果は見ての通りだ。
そして青年もまた、彼女の方を一瞥し軽く頷くと、燃えていない左手で残った龍の頭を掴み、逃げない様に真っ直ぐに固定する。

『ヴァオォン!?』
「デスギドラ…だったな?」

地を唸らせる様な低音で問いかけられ、デスギドラは眼だけで青年を見上げる。その形相は父親のゴジラ宛らに、最早地獄の獄卒すら怯えさせる程だった。
勿論此処で抵抗すれば即刻主等の様になる。無視する訳にはいかない。
少しでも動けば角が軋みそうだったが、それでも何とか首を縦に振る。

「一体彼奴に何をしたんだ?」
『グ……!』

ここは正直に答えたら忽ち殺されると感じた。寧ろこの尋問している隙に反撃は出来る。相手に気付かれぬ内に、しかし一瞬にして口内に炎を灯した瞬間、腹部に熱が走った。

『グワオォ……!』
「…答えろ」

激痛に悶え、憎々しげに青年を睨みつつ、口内の熱が引くのを感じながら低く喉を鳴らす。
屈辱的だ。もし主や左側が機能していたらこんな奴、すぐにでも灰にしてやるのに!行き場のない憤りで牙が鳴る。

『グゥウ……』
「正直に言え。一体彼女に、何をしたんだ?」

無機質に問われ、返す言葉が出ない。復讐の為とはいえ、破廉恥極まりない行為を詳しく話して聞かせるのも抵抗はあるが、まして長い話となると尚更だ。
此処は主に変わらないと…と思ったが、生憎本人は再生中だ。
と、その時下から呻き声が聞こえてきた。

「…あれだけ殴ったのにしぶといな」

青年の独り言を他所にデスギドラは瞼を開ける。その顔は幾段かマシになったものの、やはりあちこち腫れ上がり、打撲と火傷の痕が伺える。けれど何とか口を訊ける程に回復したという事は、先ほど殴られたショックで目覚め、辛うじて密かに顔面を再生したらしい。

「生憎俺はタダじゃ死ねない質でね…それより質問の答えだが、さっき彼奴を女にしてやってたんだ。最初は凄く嫌がってたんだが、ブチ込んだ途端アンアンよがってよ……アンタにも聞かせてやりたかったなぁ、彼奴の淫らな喘ぎ声」
「……何だと…!」
「それに幾ら俺を殴って燃やした所で、アイツが喪ったものはもう戻りゃしねぇよ。残念だったな」

「―――ッ!!」

嘲笑を受けた直後激情に駆られ、主を一発殴る。ゴッと鈍い音がした。直後にまた頭を掴まれた上に青年の拳に蒼い光が灯り、最早逃げ道はない。その明るさから見て、もう二度とこちらが再生できない程の熱量を含んでいるのは明らかだった。
眼前の光景に龍が震える中、相変わらず憤怒を隠さないまま青年は告げた。

『ガァ…ア…!!(ま、待ってくれ…!!)』
「冥土の土産に教えてやる…俺の名はサバイヴ。地獄に堕ちても覚えておけ」

言い終わらない内に渾身の一撃が振り下ろされると共に、蒼い太陽が青年――サバイヴごとデスギドラを包み込んだ。
それを目の当たりにしたセラフィが咄嗟に、耳を塞いだ瞬間だった。直後に爆風が巻き起こり、大木や岩を薙ぎ倒しながら衝撃が走る。

「―――っん!」

辺りを凄まじい熱風が吹き荒び、思わず頭を伏せている間にも木の幹が音を立てて軋む。眩しくて目が開けられない。
そしてフェアリーもまた、吹き飛ばされない様にセラフィの肩に掴まって踏ん張っている。
爆心地の中では一体何が起こっているのだろう。青年は?デスギドラは?暫くして光が引き、熱風もまたその勢いを鎮めてゆく。
濃い硝煙によるきな臭い匂いが漂う中、遠くから土を踏む音がした。

(来た……!)

とてもゆったりとした足音。けれど、デスギドラの時に感じたあの嫌な気配は感じない。
心臓が高鳴る。相手にも聞こえているだろうか。そして漂う白煙を裂き、遂に“生存者”は姿を現した。

「君、怪我はないか?」

先程までの険しい表情は何処へやら、何事もなかったかの様に安否を問いかけてくる。しかし、マフラーが取れてしまったのもさながら、体中に残った火傷が痛々しい。
こんな時何とか治してあげないと…と思った瞬間、自然と言葉が、かつての幼馴染の名前をついて出た。
というのも背びれを始め、先ほどの荒々しい戦いぶりが何よりも父親のゴジラに似ていたからだ。

「ミニラ…君?」

セラフィの問い掛けに、青年は先程の堅い表情から一変、少し穏やかな笑みを浮かべた。

「…懐かしいな、その名前。今は違うけど」

「え……?」

一間置いて、彼はこう告げた。
文字通りのその名前―――「サバイヴ」と。

「ミニ…いえサバイヴ、あれから随分逞しくなったのね」

数年ぶりの再会に心が躍る。すぐにでも立ち上がって彼を抱き締めたい。
なのに今は……セパレートビキニを引き裂かれて乳房は剥き出し、その上下半身はパレオとサンダル以外に身に付けておらず、脚には乾いた白濁が伝っている。恐らく目元も散々泣きはらしたせいで赤くなっているだろう。
とても綺麗とは言えない惨めな姿。変えようのない現実が心にのしかかり、不意にセラフィはサバイヴから目を逸らした。

「どうした?」
「サバイヴ…私を見ないで。今の私、穢れてるから」
「何を言う。穢れてなんかないさ」

サバイヴが静かに歩み寄り、そっとセラフィの頰に触れようとしたが、辛うじて唯一出せる極彩色の羽でバサリと遮られる。
羽で見えないものの、今の彼は顔に困惑の色を浮かべているだろう。けれど、これで良い。惨めな思いをするのは自分だけで十分だ。

「きゅうん……」

そんな中でも、フェアリーは悲しげな鳴き声を上げた。心が酷く傷ついている主人を憂いつつ、これから彼女をどうやって慰めて良いのか、考えるのに精一杯だ。

(何とかしないと……)

視線だけで互いに目をやっている内に、ふとフェアリーの視界に、ある物が映った。
サバイヴの手の中にあるメダル状の物。先程デスギドラが持っていたそれは、磨かれたかの様に清らかな光を放ちながら輝いている。

(これだ!)

「キュウン!」

ほぼ一直線にサバイヴの元に飛んでゆく。小さいながらも、かつて小美人達があれを巡って争奪戦を繰り広げたあの盾なら、彼女を治せるかも知れない。

「ん?何だ?」
「きゅう、きゅうん」

彼の持っている紋章の周りに浮遊し、しきりにアピールする。そして本人もまた、手の中のそれに目をやった。

「これに何かあるのか?」

あれだけの猛攻を食らわせたのに燃え落ちなかった、メダル程の小さな紋章。本当は彼奴への手向けとして放置しておきたかったが、捨ててはいけない気がして持ってきてしまってはいたが、これで眼前の少女を治せるものなら……と祈りながら、そっとそれを翳す。
彼奴に抱かれた傷痕が消える様に。そして、彼女を助けられなかった事を深く詫びながら。
紋章から色とりどりの燐光が溢れ、セラフィの体を包んでゆく。と同時に、彼女もまた周りを漂う光に気付き、目を開く。

とても暖かく、ただそこにいるだけで眠ってしまいそう……まるで繭の中に還ったみたいだ。

(懐かしいな…この感じ……)

その間に、自分の中で壊れていたものが戻ってゆく。
引き裂かれたビキニの他に行為の痕、火傷と脚の噛み傷、そして喪われていた守護神獣としての力。全てがデスギドラに遭遇する前へ逆再生しているかの如く、治癒される。
やがて光が止むと、自身の変化に戸惑いながら、恐る恐る消えた傷と直った服を交互に見やるセラフィがそこにいた。

「これは…サバイヴ、貴方が……?」
「……ああ」
「ごめんなさい!私の所為で……!」

深々と頭を下げて謝罪する。幸いにも傷は癒えたものの、これがなかったらこの先どうなってしまうのか想像するだけで恐ろしい。それを思えば寧ろ、先程拒絶した事も含めてこっちが謝るべきだとさえ思ったが、彼は首を横に振りながらセラフィの肩をそっと抱きしめた。

「君が謝る事なんかない。俺の方こそ、この子の気配を感じてもっと早く来ていれば……」

世界を流浪している最中、日本の北側で何かが解き放たれたかのような強大な力を感じ、それを追って着いた先は、硝煙漂う大地と灰に埋もれた守護神獣の使役・フェアリーモスラが力なく倒れ伏している光景だった。
何故こんな所に?その場で応急処置は施されたものの、治ると直ぐにある方向へ弱弱しく羽ばたこうとするフェアリーを見て、嫌な予感が脳裏をよぎった。
もしかして……と思い、導かれるまま月明かりの荒れ地を疾走して漸くセラフィを見つけた。しかし、その時はすべてが終わっていて、彼女は女として、守護神獣としての力を喪った後だった。その後は怒りに任せるがままデスギドラを打ち倒し、灰に還した。

「貴方が気に病む必要なんてないわ、サバイヴ。それより一旦此処を離れ……ん?」

セラフィの言葉が止まった直後、うめき声が聞こえてきた。まさかデスギドラが生きている?と不安を抱くと同時に、サバイヴはセラフィを庇いながら、声のする方を向いた。

するとそこには、上半身だけ残ったデスギドラが手だけで地面を這いずっていた。どうやら下半身は先刻の爆発で吹き飛び、セラフィに対する執念あるまま再生が不完全なまま蘇生したらしい。

「―――っ!?」

その悍ましい姿にセラフィは思わず絶句し、反対にサバイヴは立ち上がりつつも闘志あらわに再び右手に蒼焔を灯した。

「諦めの悪い奴め、まだ燃やし足りなかったか……!」

怯えているフェアリーをセラフィに預け、後方に一歩踏み出そうとした途端彼女の手がサバイヴの左手を掴んだ。

「サバイヴ、その紋章を投げて!」
「…何故だ?」
「彼奴には、あらゆる攻撃は効かないの。だからこうして封印するしかない」

生まれながらにして死ぬ事を許されなかった魔獣。幾ら攻撃してもあの世に旅立てないのなら、今すぐにその呪われた運命を終わらせてやる。それが自らの殺したモスラ達に対する最大の罪滅ぼしだ。

「私が隙を作るから、貴方は紋章を投げて!」
「判った」

一端サバイヴの手から炎が消えると、セラフィの触覚からクロスヒート・レーザーが放たれ、デスギドラの頭部を撃ち抜く。

「ガァアッ!!」

絶叫が上がり、きな臭い匂いが辺りに立ち込める。だが、動きが止まった途端代わりに二頭の龍が肩から現れ、邪魔者に対して紅蓮の炎を噴き出すべく、口に朱を灯してゆく。直撃すれば命の保証はないだろう。

「今よ!」
「あぁ、これで最後だ!」

サバイヴが紋章を投げると同時、デスギドラの炎が二人を襲った。が、それを割いて紋章が彼の胸元に飛び込んだ次の瞬間、眩い閃光がデスギドラの視界を覆った。

「!? ぐああああっっ!!」

絶叫交じりに思わず足が後ろに退くも、既に手遅れだった。真っ先に紋章が輝いたかと思うと、それは白い格子を成し、彼の全身を包んでゆく。足掻こうにも格子は容赦なく自分を地面に押し込むべく下へ下がってゆく。
但し、埋められるというよりは何だか落ちてゆく紋章を中心に細胞の一つ一つが土の中へ還ってゆく気がした。
そんな中、ふと思考が冷静さを取り戻したのか、デスギドラの口からふっと苦笑いがこぼれた。

(まぁた暫くの間休みか……意外と呆気ねぇな)

これから何日も、何年先も身動きできない環境に陥るというのに妙な気分だ。最早封印には慣れたという事だろうか。憎悪を込めた口調で牢獄越しのセラフィに投げかける。

(けど忘れんな、お姫様サマ…何時か奴が、お前に牙を向けるだろうよ)

紋章が地面に埋まったと同時、光は止んだ。勿論そこにはデスギドラはいない。あるのは平坦な地面のみだ。
水を打ったかの様な静寂が包む中、不意にサバイヴが口を開いた。

「終わったか……」
「えぇ…」

これで当分、デスギドラが目覚める事はないはずだ。まして此処は深い森の中、人間の立ち入りは滅多にない事だろう。
気付くと空は微かに朱が射して紫がかっている。これから赤の比率が勝り、最後には雲一つない青空を映してゆくのだろう。
日光は分け隔てなく平等に光を与える。人間は勿論自然や人工物、そして怪獣にも。何れ此処も太陽光が射す。まるで月の光が木々を割いて照らしたかの様に。

ともあれ、此処に用はない。サバイヴが踵を返そうとしたその時、

「ねぇ…もう行くの?」

セラフィに問い掛けられ、思わず歩みが止まった。

「どうした?」

サバイヴが振り返ると、視線の先には戸惑いと不安が入り混じった表情で此方を見つめるセラフィが立っていた。

「できれば…私と一緒にいて。私とフェアリーだけだと、とても不安なの」

今や封印されたとはいえ、デスギドラから感じた圧倒的な恐怖は未だに拭えずにいる。だがこれから先、彼よりも更なる強豪が現れるだろう。

けれど彼と一緒なら、その不安も脱却できるに違いない。それを考慮しての投げかけだった。しかし彼は一間置き、重々しく瞼を伏せるとぼそりと告げた。

「悪いが、それはできない」

返答された瞬間、セラフィは自分の脳を揺さぶられる感覚に陥った。
しかし、その反面「やっぱりね」という冷静な自分がいた。ともあれ言い方はマシな方とはいえ、否定された事実には変わりがない。

「ど、どうして……」
「俺にはまだ、やる事がある。その前に…少し良いか?」
「え?」

突然サバイヴが自分の方に歩いてきたかと思うと、そっと逞しい腕で細い体を抱き締められる。
先程彼が熱線を放ったせいもあるのか、とても温かい抱擁だった。
思えば、他人に抱き締められたのは幼少期以来の気がする。ある時は亡き両親、またある時は従兄のバトラに。それが懐かしくて、無意識にセラフィもまたサバイヴの背中に腕を回す。

(サバイヴ…貴男……)

白い指先は彼の背鰭を辿り、何時しか首筋に触れる。
そして抱擁は何時しか、サバイヴの両手がセラフィの顔を包み込んだ途端に接吻へと変わった。

「ン……!」

この時フェアリーは空気を察して後ろを向いていた。

(セラフィ、大丈夫かな?)

そう思いながらもフェアリーは何となく胸がドキドキしているのに気付いた。きっと二人のキスシーンにあてられたのだろうと勝手に思っているが、本当の事はまだ判らない。
その一方でセラフィは、デスギドラの時とは違った柔らかく優しい口付けに、静かに瞼を閉じた事で、彼の変わらぬ温もりと微々ながら射してきた木漏れ日を肌で感じた。永遠とも思える時間が過ぎた頃、不意にサバイヴが顔を離した。

「は……」

舌を絡めていなかったせいか、不思議と照れや苦しさはなかった。代わりに腕は相変わらずセラフィを抱き締めたまま。

「そういえば今更だが、君の名前、聞いていなかったな」
「あ…」

忘れていた。そもそも紹介しようにも、デスギドラに抱かれたショックで碌に名乗れなかった。

「私はセラフィ。繭から孵ったとき、母から授かったの」

その意味は“平穏”。二度と人類、そして怪獣同士の殺し合いが起きない様、成虫になった時に付けられた名前。同時に彼女からの遺産でもあった。
それを聞くとサバイヴは静かに頷き、真顔で告げる。

「セラフィ、生き残れ。そして芯から強くなれ。俺の助けがいらなくなる位に。だが、いざという時は守ってやる。俺達は何時でも一緒だ」
「…うん」

セラフィの返事を聞くと、サバイヴは軽く微笑み、その場を去っていった。

既に辺りは日が射しており、彼の後ろ姿をはっきりと映してゆく。

(サバイヴ…貴男もまた何処かで戦っているのね)

「さて、私も行かなきゃ」

この間にも、世界各地で怪獣が人類に猛威を奮っている。こんな所でじっとしていられない。

やがてセラフィはフェアリーを抱き上げると、背中から四枚の羽を生やし、次第に晴れつつある空に飛んでいった。
彼女の通った跡には、燃やされた筈の草木が芽を生やしたかと思えば花が咲き、やがてそこに大木がそびえ立つ。最初にデスギドラと遭遇した場所を横切れば、瞬く間に緑が萌えてゆく。
辺りに花弁が飛び交い、春が来たかの様な青々とした香りが立ち込める中、彼女は眩い光の尾を引きながら南へと飛んでいった。

 

 

 


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