偽りの王の至福媚毒 Last

ギドラも、その怒り狂った声と激しいノックの音に気がつくと一斉に音源の方へと視線を向ける。当然ながら六つの目は妨害されたことに憤りを見せていた。
だが一方で外部へと気が逸れたおかげで、儂を戒めていた全身の拘束がわずかに緩む。

「チッ、誰だよ……こんな時に……」
「我が番との逢瀬を邪魔するとは……余程、命が要らぬらしい」

イチたちの悪態と、サンの溜息が入り混じる。激しいノックの音が増える度、儂の全身にのしかかるドス黒い殺気が膨れ上がるのを感じた。
やがて、「そこで待っていろ」 という一言とともに、ギドラの全身がようやく儂から完全に離れた。
解放された安堵も束の間、不意に―――

ドンッ!!
扉が派手な音を立てて蹴破られる。

「オイ、風呂に居るんやったらとっとと出ろや! 娼夫が客をガン無視とか、どないなって……っ!?」

新たな闖入者。そいつはコングと同じグレイト・エイプでありながら、筋骨隆々とは程遠い細身の体つきをしていた。
朱い体毛を全身にまとい、人間でいうところの老人のような雰囲気を漂わせるタイタン――スカーキング。
かつて儂の王座を奪おうと反逆し、失敗した末に地下世界へと追放された猩々の王。
その逆恨みからシーモを含むグレイト・エイプの軍勢を引き連れ、この娼館を「ワシらの棲家とする」とするなどとほざいては儂を含む怪獣娼婦を集団で凌辱した結果、わずかな隙をついて一度追い払ったはずの卑劣漢。

(……性懲りもなくまた戻ってきたか)

呆れる間もなく、スカーキングは眼前に立ちはだかるギドラに圧倒されていた。先刻までの威勢はすっかり消え失せ、目を見開いたまま固まっている。

「な、なんで偽りの王が来とるんじゃ?」

「それはこちらの台詞だ。貴様こそ、我が伴侶との逢瀬を妨げるとはいい度胸だな」
「僕達、出禁が解かれたからアイツとじっくり愉しんでたのにさぁ……何邪魔してくれてんの?」
「どうやらテメーの命もここまでみたいだな、ハゲ猿」

三者三様に鋭い眼光が突き刺さる。その瞬間、スカーキングは生命の危機を感じたのか、目を見開いたまま固唾を呑む。
…が――それも束の間。圧し掛かる恐怖を振りほどくように、負けじと言い返した。

「ふ、ふんっ…! 己こそ昨日からずーっと元怪獣王サマを独占しておいて、何を寝言ほざいとるんじゃ! 幾らなんでも長過ぎやないのか? えぇ?」

“昨日から”――その言葉に、思考が冴えてくる。
スカーキングの発言が正しければ、儂は翌朝までという指定時間を完全にすっ飛ばし、ほぼ一日中この偽りの王と交わっていたことになる。
時間を無視するということは、思い切り娼館のルールに抵触しているではないか。そう悟るよりも早く、ギドラが鼻で笑った。「それがどうした」と言わんばかりに。

「延長して何が悪い。我はこの欲求不満を抱え過ぎた伴侶を長らく慰めていただけなのだが。……あぁ、こちらが引かずとも、貴様の粗末な技巧では彼奴を到底満足させられんだろうな」
「あ゛ぁん!? このワシに嘗めた口叩いとると痛い目見るぞワレェ!! それによう聞けや、元怪獣王サマ!」

スカーキングの怒りは、ギドラではなく唐突に儂へと向けられた。

「ワレ何様のつもりや、えぇ!? こっちはこの間の仕返しに来とんねん! なのに己はタイマー壊してまで、この偽りの王に延々と媚び売っとったんか!!」
「…………」

やはり、浴室に移動する前に時見た欠片はタイマーの残骸だったのと、以前スカーキングを敢えて見逃したのにまだ根に持っていたのか。それらを悟った時には、スカーキングは右肩に巻き付けていた骨鞭《ウィップスラッシュ》をジャラジャラと音を立てて引き伸ばしていた。

「あれからシーモもコングの奴に奪われるわ、部下の大半が一斉に逃げ出すわで災難続き……オドレに恥をかかされたまま終わるほど、ワシは甘ないんじゃあ!!」

その怒声と共に、骨鞭を握る拳に力が込められる。
くだらん。
まるで自身の敗北を儂のせいにしているかのような物言い。惨めな立場になったのが、すべて他人のせいであるかのような態度。
そのブレない執着がどれほど醜悪か、スカーキング本人は気付いていないのか。…いや、それどころかこの場でさらに悪化させようとしているではないか。
もう、これ以上は許せない。

(貴様ら二体とも――いい加減にしろ……!)

儂の中で憎悪がふつふつと渦巻く。わざとタイマーを壊し、指定の時間を超えてもなお、自分を支配しようとするギドラ。モスラの拘束はそのままにこの娼館へタイタンを嗾け、こちらの同僚達をも巻き込もうとするその傲慢さ。
そして――スカーキング。娼館のルール上敢えて命こそ奪わなかったものの、敗北してもなお腐った性根を改めず、またしてもこちらへの執着を抱いたままに、ギドラの長きに亘る凌辱で疲れ切った儂を甚振ろうとするその執念。
じわりと背鰭が発光する。今度は欲情の証ではなく――王としての威厳を示す、怒りの焔として。
もう、黙って従うつもりはない。

「帰れ」

喉から絞り出すが如く低く呟いた。その声は静かながらも、重く響く遠雷のように空間を震わせた。
自らの肌を刺すような殺気に気づき、ギドラとスカーキングが言い合いを止めて同時にこちらを見る。

「なっ……何だ、その反抗的な態度は……!」
「男娼が客に手ぇ出すつもりか、この―――!」

二体の抗議など何処吹く風をいわんばかりに一歩踏み出す。それに合わせて背鰭の光が濃くなり、浴室中を紅蓮に染め上げた。
今までは淫欲を表す淫靡な牡丹色の輝き。しかし、今は違う――生き血の効果も手伝い、怒りを表すルビーレッドの熱が異様なほどに増している。

「帰れと言ったはずであろう、ギドラ。できぬのであれば、強制的に追い返させてもらうが……それでも良いのか?」

ギドラの三つの首が、微かに揺れると同時に、スカーキングもまた予想外の言葉にわずかに動揺する。“奴隷”として支配していたはずの相手が、今まさに牙を剥こうとしている。
その異変に、彼らの本能が警鐘を鳴らしているのは明らかだった。

「……フ、可愛い伴侶がそう宣うのであれば、我々も撤退しよう。しかし貴殿が我を恋しがるのも時間の問題。それまでせいぜい―――」
「さっさと失せんかぁぁぁッ!!!」

怒号とともに咥内から溢れるエネルギー。それはただの咆哮ではない。
熱が凝縮し、背鰭が一気に発光する。そして――解き放たれた。 眩い紅蓮が、灼熱の奔流となって彼らの全身を貫いた。

「ぐわああァッ!!?」
「な、なんでワシまでぇぇぇ!!?」

肌を焼く衝撃がギドラとスカーキングを呑み込み、二体は木の葉のように吹き飛ばされる。熱線の矛先は自室の壁を突き破り、ロビーを通り越して娼館の外まで貫いたかもしれない。

「……ハァ……ハァ……」

硝煙と熱気が漂い、室内を満たしていく。一歩加減を間違えれば、娼館ごと吹き飛ばしかねない威力だった。
それに今になって気づき、儂は静かに息を吐いた。

(……それほどまでに俺は怒っていたのか。我が身を守るためとはいえ、やりすぎたか……)

自省しつつ寝台をはじめとする後処理をどうするか考えているうちに、これまでほぼ休みなく凌辱されてきた肉体が、ついに限界を迎えた。

(まずいな……もう体が動かん……)

躰を清めるよりも先に、儂の意識は休息を求めたようだ。
全身が気怠く、指一本すら動かすことが困難なほどに脱力してしまう。それでも、目覚めたときにすぐ全身を洗えるようにと、どうにか浴場の石造りタイルの上へ移動した。
途端、抗いがたい睡魔に身を預けた途端、意識はあっさりと闇に溶け込んでいった。

 

 

「う………」

ぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと目を覚ます。
重い。まるで身体が鉛のように沈み込んでいる。ゆっくりと目を開くと、白雪の天井が視界に入った。

(……ここは……?)

肌に触れる寝具の感触が、いつものものとは違う。どうやら、儂の部屋ではないらしい。
それを理解した途端、僅かに眉を寄せる。

(誰かが……運んでくれたのか?)

徐に腕を動かし、手の甲を視界に入れる。
黒い。
見慣れた自分の色――ティアマットの生き血の影響が消えていることに気づき、無意識のうちに息を吐いた。

(ようやく……元に戻ったか……)

その安堵の中で、隣から声が聞こえてきた。

「ああ、起きたんですね、ゴジラさん。怪獣専用の浴室で倒れていて、驚きましたよ」
「………機龍?」

声の方へ目を向けると、椅子に座った機龍がこちらを見ていた。
娼館の同僚の一体であり、儂と同族の骨を使って造られた存在―――。その手法こそ外道じみてはいるが、彼は決して自身の運命を恨んでいるわけではない。むしろ、ある意味では儂にとって後輩のような存在だった。

「其方が運んでくれたのか? いたく迷惑をかけてしまったな……」
「いえいえ、全然構いませんよ。この間のお礼もあるし……失礼ながら、貴方の部屋がなぜああなっていたのか、事情を説明してくださいませんか?」

そういえば外部の者は娼館の構造上、何が起こったのか知らないのだったな……。ふとそう思いつつ、この真面目一筋な同僚には、これまでの経緯をある程度話してもいいだろうと考えた。

「少し長くなるがな……――――」

先ずギドラから「報酬の前払い」という形でティアマットの生き血を渡されたのがきっかけだった。
そこから暗に急かされるように飲んだところ、強烈な欲情に襲われ、奴の言われるがまま乱れ狂わされてしまった。何度も達して気絶しても、休む暇もなく犯され続けたこと。その間にも生き血の効果は進行し、儂の背鰭は鮮やかな赤紫へと変わっていった。
そして、いつしか自らギドラに跨り、精を絞り尽くさんばかりに快楽に溺れていたこと。その果てに乱入してきたスカーキングとの諍いを止めるべく、ギドラへの反撃も兼ねて放ったアトミックブレスが想像以上の威力となり、文字通り部屋を破壊しかけたこと──。
これらの顛末を、儂は滔々と語った。

「大変でしたね……。指定の時間を無視してまでゴジラさんに固執するのは、如何なものかと思います」
「……同感だな。だが、ギドラにもガス抜きは必要とはいえ、余りにも重苦しい告白まで聞かされたのだ。全く持って最悪極まりない時間を過ごしたものよ」
「ゴジラさんも、お疲れだったでしょう?あれだけ付き合わされて消耗してしまったのに、今後の接客に響きませんか?」
「大丈夫だ。奴の下にいた頃よりは幾分かマシな処遇よ」

機龍の気遣いがひどく心に染み入る。自分でも強がりを言っているのは判っていたが、仇敵を追い払えた分心持はそんなに重くない。

「それにちょっと言いにくい事ですが、貴方も娼館を破壊しかねないほどでしたよ。悪質な客を追い払ったとはいえ、今後は加減に気を付けてくださいね」
「む……すまなかった」

機龍の言葉に、つい頭を垂れる。
幾ら迷惑な不届き者共に対する撃退とはいえ、あの時の自分は理性を失い、結果的に娼館ごと破壊しかけてしまったのだ。その反省もあり、あまり強く反論することはできなかった。
だが、それ以上に後悔していることがある。
快楽の濁流による弾みもあるとはいえ、モスラを蔑ろにしたばかりか救えなかった。
ギドラが意識を失った好機を得て、ようやく「モスラを解放しろ」と条件を提示できたというのに――。

「心の底から我を受け入れるその時まで、何も解放などしない。……そう、何もな」

そう、一蹴された。何もできなかった。
あれだけの屈辱を味わった果てにどうにか追い払ったというのに、肝心なことは何一つ変えられなかった。
自分の体を弄ばれて快楽に翻弄されたあげく、最後には目的まで踏みにじられた。

(……俺は……一体、何をしていたのだ……?)

胸の奥が冷えた。
あの時、もっと強く言えたら?それとも余計な発言を伏せてもっと別の方法を取っていれば?
そんな考えがぐるぐると巡るが、過ぎたことを悔やんだところで何も変わらない。代わりとして昨夜の恥ずかしい記憶が、次々と浮かんでは消えていく。
その最中、機龍から「大丈夫ですか?」と心配されてしまった。

「い、いや……何でもない……暫く一人にしてくれないか? 頼む」
「解りました。今は安静にしていてくださいね」

そう言い残して去っていく機龍を見送り、儂は彼に背を向けるように丸くなる。
しかしじっとしている間にも、昨夜の有様が脳裏にふつふつと浮かんでは消え、思わず呻き声を上げて身悶えてしまう。

(もう二度と、奴から“前払い”など受け取らぬぞ……!)

そう誓った。
だが――もし再び奴が此処を訪れた時、本当にそれを拒めるのか?そんな疑念が、一瞬だけ過る。
その日は一日中、自問自答を兼ねつつ自身の破廉恥な記憶と闘っていたのだった。

 

 


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