祝祭淫獄リミットゼロ/II

「キヒヒッ…!」
「つーかまえたァ〜♪」

「ッ―――あ……!!」

みり、と、上質の絹を裂くような音とともに、鮮やかな紋様がジワジワと裂かれる。

「くぁ……ッ!!」

背中に痛みが走る。
だがそれ以上に―――『ゴジラの象徴を汚された』。その事実が、モスラの心を直撃した。

「ギドラ……っ! お前……!!」

うめき声まじりに、そして反射的に怒りの咆哮を上げるモスラ。
しかしギドラは、まるで心地の良い音楽でも聞いているように、余裕で笑った。

「ククッ……いい顔だ」

モスラの憤怒も苦痛も、彼にとってはただの玩具。
その視線には哀れみはなく、あるのは―――“お前の限界を見たい”という残酷な好奇心だけだった。

「ぐ……っ、おのれッ……!」

モスラはギドラの腕を押し返しながら、自分の右脚にじわりと異変が走るのを感じていた。

(来い……! 今だけでいい…!)

本来、完全な成虫として安定した状態でしか出せない“毒針”。
だが、モスラの体内では怒りと焦燥が混ざり合い、片脚の骨格が音を立てて軋みながら形を変え始めていた。
茶色いアンクレットの巻かれた左脚が細く、鋭く伸び―――膝下ごと硬質な刺突器官へと変異する。
ギドラの指がまた一つモスラの首を締め上げた瞬間、モスラは残った右脚を思い切り曲げ、鉤状の針と化した左脚を、ギドラの腹部へと叩き込むように突き出した。

「……ッッ!!」

空気が裂け、針先は瞬く間に、確実に無防備な箇所を貫く距離まで迫った。
ほんの指二本分だけ、届けば確実に刺さる。
けれど、それはたった一言で覆された。

「甘いな」

ギドラの尻尾が自身の背後から弾丸のように飛び、モスラの針脚を“下から絡め上げて”巻き取った。

「なっ……!?」

針脚は宙で固定され、力任せに動かしてもびくともしない。
鱗に覆われた鎖が蛇のように締まり続け、筋肉や関節が軋むほど締圧される。

「ぐうぅっ……!!」
「ほう……片脚を変えるとは大胆だな。成り立ての身で、そこまで無茶ができるか」

ギドラが喉で笑い、ニとサンも続いて楽しげに囁く。

「もうちょっとで刺さってたねぇ、兄ちゃん?」
「もしかして兄貴、わざとギリギリまで近づかせて遊んでたのか?」
「あぁ。お陰でそこそこ楽しめた」

軽口を叩きつつも、ギドラは針脚を絡め取ったまま、モスラの顔を覗き込む。

「だが―――よくやった。普通の怪獣なら、先ず貴殿の針に気づかないだろうな」

既に翅はボロ切れも同然、針すらも封じられてなす術無しという絶望的な状況の中、それでもモスラは息を切らし、怒りの光だけを目に宿して相手を睨み返す。

「放せ…っ! お前だけには、絶対に屈しない……!」
「ふむ。こんなにされてもその気概…嫌いではないぞ」

足掻く度に尻尾が緩むどころか、さらに締まれば痛みが走り、針脚の変異が不安定に震え始める。
このままだと脚が圧し折られてしまう。そう危惧した矢先だった。

「いいだろう。褒美に―――見せてやる」
「……なにを……」

ギドラの瞳が暗く輝き、嗤う。

「貴殿の愛する“王”が、今どうなっているのかを。その前に、少し眠ってもらうぞ」

ギドラが薄く笑った瞬間、モスラの視界が揺れた。
次の瞬間、胃の奥で爆ぜるような衝撃。

「かは……ッ!?」

ギドラの拳が、深々とモスラの腹へ食い込んでいた。
風を切る音すらなく、刺すような痛みが腹から背へ突き抜けると肺が縮み、気道中の空気が一気に絞り出される。

(……ッ、苦しい……! 息が……!)

身体は弛緩し、毒針化した脚もすぐに力を失う。
ギドラはそれを待っていたかのように尻尾を解き、すっかり無抵抗になったモスラの身体を片腕で軽々と抱え上げた。

「見た目が成虫とはいえど、まだ“雛”の身だ。この程度で済んだことを感謝するといい」
「キヒッ…! すぐ寝るとか、やっぱ孵りたては弱いなぁ〜。キッヒッヒ!」
「兄ちゃん、もっと強めに殴ってもよかったんじゃない?」

嘲笑がモスラの聴覚を掻きむしるも、既に瞼は重く、視界が黒い波に飲み込まれていった。

(……まだ…探さ……ない……と……)

意識は、そこで途切れた。

 

 

 

どれほど時間が経ったのか。雨音も雷鳴も、もう耳に入ってこない。
代わりに、風の重圧と揺れる草木のざわめきが身体を包んでいる。
ほんの一瞬だけ、モスラは目を開いた。

(……どこ……?)

ぼやけた視界の端に、崩れかけた尖塔―――教会。
既に嵐は収まり、代わりに星明りや月光すら差さない常闇のような静寂が広がっている。

ギドラの腕に抱えられたまま、モスラは瓦礫を踏む足音を聞く。

しばらくすると―――寝かされた振動を肌で感じながら、近くで何かの金属音が鳴った。

――ギィン。

ぼやけた視界の向こう。ギドラの横に、何者かの影が立っていた。
灰色の装甲。赤く鋭い眼光。波動の匂い。

(……機械の、獣メカゴジラ…?)

二人が何か話している。だが言葉は水中のように響き、判別できない。
ギドラの姿が近付き――闇が落ちてくる。

(……王……今……たす…………)

再び、意識は深く沈んだ。