儂から繰り出された反撃から逃れるべくスカーキングが何度も後方へ仰け反るも、儂は決してそれを離さないようにギリギリと強く鉱石を握り締める。
そう、これが狙いだった。スカーキングは勿論あの鉱石ごと確保し、同時に頭が挫かれた事で部下のグレイト・エイプを一瞬で鎮圧できる。
いくらスカーキングがシーモを脅し、無理やりにでも動かす要因となる要石さえ封じられてしまえば、所詮こちらより力の劣る一族に過ぎない。それがずっと肉奴隷として下に見ていた相手なら尚更、しかも一頻り事に及んだ後のタイミングで反撃するのは難しいだろう。
「おい、馬鹿な事止めんかい! 彼奴らがどうなっても―――ぐはっ!」
やがて奴が力負けして体勢を崩し、こちらの胸元にドサリと倒れ込んでくるとすかさず下肢や片腕を使って抑え込み、ギリギリと全身ごと締め上げた。
「うがぁあ゛ァァッ!? お、己!離さんかい!」
「それは出来ぬ申し出だな……これまでの事に詫びを入れるなら、今の内だぞ?」
儂の胸元でジタバタと藻掻いて抵抗するスカーキングを片手で押さえ込み、骨鞭から青い鉱石を引き千切るべく、一度力強く引っ張る。最初こそなかなか奪えなかったものの、何度かやっていると骨鞭との接合部分が壊れるのも時間の問題だろう。
「ガァッ…! 嵌め、おったな……!」
「何とでも言うが良い。さてスカーキングよ。代償としてこのまま全身の骨を砕かれるか、無傷で部下ごと引き下がるか、どちらが良い?」
実際に骨を砕くまでにはいかないまでも、激しく抵抗されればひとつお返しに一層強く締め上げると、骨の軋む音をバックにスカーキングの口から更なる叫び声が漏れ出る。
「ぎゃあああぁっ!! そ、そんな事言えるか、このクソトカゲがぁ!!」
クソトカゲ。これまたギドラを筆頭としたタイタン達、それもギドラの右の首・ニによく言われた下衆な台詞だ。故に、今更そんな暴言などどうということはない。
そして予想通り自分達のボスが思わぬ反撃を受け、苦痛に絶叫した事でシーモを始め、他の怪獣娼婦達を犯していたグレイト・エイプ達の動きが止まり、あちこちでどよめきが走る中で儂は淡々と言葉を続けた。
「それが其方の返答か……良かろう。儂の質問に答えられないとなれば、これは“宴”のツケとして頂くぞ」
「なっ……やめんかぁぁあぁぁぁッ!!!」
スカーキングの絶叫が響き渡る中、ぶち、と音を立てて鉱石が引き千切られた。
直後スカーキングの体を寝台から突き飛ばし、奴の体が地面に着く前に鉱石を宙へ投げるとそれに向けて久方ぶりに撃つ放射熱線を照射し、跡形もなく消し去った。
その際に部屋が破壊されかねない程の凄まじい衝撃波が走ったが、頭を伏せて何とか踏み止まり―――グレイト・エイプの大半はその場から吹き飛ばされていたが――それから改めてスカーキングの方へ視線を向けると、奴は床に突き落とされた体勢のまま、呆然とこちらを見上げている。
「う、嘘やろ…!?」
その顔は信じられないといった表情をしており、しかも先ほどまでの威勢の良さは何処へやらまるで蛇に睨まれた蛙の如く、他のグレイト・エイプ共々恐怖の色に染まっていた。
「わ、ワシが悪かった…! 許してくれ! もうお前らには何もせん!」
「そう言ってまた押し掛けて来るんじゃないのか?それに、貴様の性根はそう簡単に直らん。諦めろ」
「ひぃっ……!?」
冷たく突き放すとスカーキングは顔面蒼白になり、震え上がる。だが、まだだ。こんなものでは到底気が済まない。
その証拠に、今まで自分を苛めてきた鉱石が砕けたことで漸く自由になったシーモが寝台から降り、にじりにじりとスカーキングとの距離を詰めてきている。
「……ご主人様」
「ひっ…や、止めんかいシーモ! ワシとお前の仲やろ!? な!」
「生憎だが、彼女は貴様を許す気がないそうだ。スカーキング、覚悟は良いな? これまでの事といい、今回の乱痴気騒ぎ……代償は高くつくぞ」
「や、止め――――!!」
スカーキングの悲鳴は途中で途切れる。シーモが冷凍破壊光線を奴目掛けて―――否、奴の体にギリギリ当てない程度に左側へ放ったからだ。
もうもうと立ち込める冷気の霧が晴れると、そこには全身霜まみれでガタガタと歯を鳴らす、哀れな猩々の姿があった。
「はっ……はぁっ………助かった、んか?」
「どうだ、少しは頭が冷えたか? スカーキング」
この怪獣娼館は基本的に殺生をしてはいけない。故に、殺しはしない。特にスカーキングのようにプライドの高い奴には効果覿面だろう。
案の定奴は歯ぎしりしながら此方を睨み付けてくるが、頼みの綱を切られたという圧倒的に不利な状況で流石に何も言い返せないようだ。
一旦片手でシーモの歩みを諌めてこちらから歩を進めると、背鰭を青く輝かせつつ改めて口を開く。
「貴様らに言いたい事は沢山あるが、早く部下を引き連れて出て行け。命が惜しければな」
「ッ……!」
あちこちから迸る怒気と殺気を前にしてマトモに返す言葉がなく、スカーキングは悔しげに顔を歪めながら―――特に儂とシーモを未練たっぷりに睨みながら他のグレイト・エイプもといレッドストライプスに支えられるまま、よろめきつつも退室していった。
トドメに“出禁”の一言でもくれてやりたかったが、これで当分の間は娼館に来ることもないだろう。
「 ……行ったか。全く、アイツらは」
奴らが去ったのを確認してから、改めてあちこちで横たわる雌怪獣達に視線を移す。皆一様に怯えきった表情から一転して呆気にとられていたが、やがて一体ずつ正気を取り戻し、周囲を見回している。そんな中、全身を白濁や吸われた痣まみれになりながらも比較的距離の近かったスペースゴジラが辛うじてこちらに問いかけてきた。
「ねぇ私達、もう大丈夫なの?」
「あぁ。それにシーモを奪還した事だし、頭もあの有様だ。奴らは当分ここには来ないだろう。安心しろ」
シーモの方に目を向けると、何時の間にか彼女は仰向けになって呆然としたままの機龍とキングシーサーの方に歩を進めており、二体を介抱していた。
「あなた方、どうかしっかりして」
「うぅ……」
「ん〜……」
シーモの声掛けに機龍達は弱々しく返事をするが未だに意識がはっきりしないのか、それとも先程の輪姦と鉱石破壊による衝撃波で放心状態になっているなのか、彼らの瞳は虚ろだった。そんな彼らにシーモは更に身を寄せてそっと頬擦りし、そして「もう終わったのです」と優しく語り掛ける。
「終わったのか…?」
「……じんとーと?」
「ええ、全てゴジラさんが終わらせてくれました。ですから、もう心配する必要はありませんよ」
シーモの言葉に機龍はキングシーサーの手を取ると、互いに支え合うようにして何とか上体だけで起き上がる。この場から立てないのは恐らくグレイト・エイプらに白濁をしこたま注がれ続けたからか、或いは奴らへの恐怖が残っているからか。そんな彼らにもシーモは心配そうに寄り添っている。
「ああ、今は休んでいてください。どう見てもお疲れでしょうから」
「は、はい……」
「にふぇーでーびる」
シーモの言う通り、キングシーサーと機龍は疲労困絶といった様子でぐったりとしており、まともに動く事も出来ないようだった。だが、それでも彼らは自分達の身を案ずるように微笑む。
そんな中、彼らと離れた方向―――オオタチの方から何やら大きな溜息が聞こえてきた。
「彼奴ら帰っちゃったのね。情けない……集団で襲ってきた以上とことんまで絞り取ってやろうと意気込んでいたのに」
「「へっ?」」
あれだけの事があったのにさらりと言いのけるオオタチに、シーサーのみならず機龍も素っ頓狂な声を上げる。その反応が面白かったのか、オオタチはくすりと笑うと続けて口を開いた。
「だってあの猿共、下の口はガツガツヤってくる癖に私の舌技にかかれば呆気ないんだもの。正直、不完全燃焼だわ」
彼女の言葉にシーサーと機龍は揃って口をあんぐり開けている。無理もないだろう。嫌がるどころか、寧ろあの理不尽な集団凌辱に案外乗り気だったとは。
「あら、どうしたの? そんなに意外だった?」
「いえ……何でもありません」
「ず、随分手慣れてるんですね」
「私のいたアンティヴァースじゃ、色んな奴を相手取ってたからね。調整の為に複数差し向けられるなんて日常茶飯事よ」
「「「………」」」
流石にここまで明け透けに話されると、シーモですら最早言葉を失う他なかった。オオタチの言う『アンティヴァース』という世界がどのように過酷なものか我々には知る由もないが、少なくとも彼女が相当な修羅場を潜り抜けてきた事は確かだろう。
「それより白いの。シーモ…って言ったっけ? アンタ達があのハゲ猿に弄ばれる声、部屋中にまで響いてたわよ。随分あの無愛想な爺さん怪獣と仲が良いのね」
「そ、それは……」
「別に隠さなくてもいいじゃない。あれだけ喘いでたら嫌でも聞こえるわよ。それより、もう彼の元に行ったら?私はもう立てるから」
「……分かりました。それでは失礼します」
オオタチに促され、シーモは一礼するとその場を離れた。
儂の傍らでスペースゴジラがマザーガイガリアンの介抱をする中、放心状態から漸く回復するとこれまた彼女に「終わったのかしらぁん?」と問いかける。普通なら機龍達同様になかなか立ち直れそうにないと思っていたが、流石は娼館で指名率をスペースゴジラと争う程のサイボーグ怪獣。口振りを見るに存外タフなようだ。
そんな中、漸く儂の傍らに辿り着いたシーモは改めてこちらと目線を合わせると、ぺこりと頭を下げた。
「ゴジラさん、この度は私を助けて頂いて本当にありがとうございます」
「気にするな。儂は奴の呪縛から其方を助けたいと思ったから助けただけだ。これまで本当に辛かったろう」
「……はい。あの時は裏切られたかと思いましたが、本当に感謝します」
そう言って涙混じりに微笑むシーモに、こちらの方も漸く穏やかに笑みを浮かべる事ができた。
「うむ。ああでもしなければ、スカーキングの奴は隙を作りそうになかったからな。して……再会は嬉しいのだが、其方はこれからどうするのだ? 帰る場所はあるのか?」
「えっと……」
儂の問いにシーモは言い淀むも、実の所はスカーキングに長いこと捕らえられていたせいで地球の気候は大きく変わっており、地上で彼女が住めそうな場所はてんで検討がつかなかった。本来ならば地下世界に帰すべきなのだが、それでは彷徨っているうちにスカーキングが数の暴力に任せてまた捕らえに来る可能性もある。かと言って、我々と同様に性と欲望渦巻く此処に住まわせるのも心が痛む。
しかし、苦労に苦労を重ねて暴君を追い払った報酬なのか、この時天啓が儂の脳裏に過ぎった。
「もし其方が良いと言うならひとつ、提案がある」
翌朝。怪獣娼館のゲート前で辺りが白みつつある中、提案もとい昔からの好敵手でありながら今やすっかり腐れ縁のコングを呼び出し、あることを頼み込んでいた。
「それで怪獣王、そのシーモっていうタイタンをオレの元に預けて欲しいという訳だな」
「あぁ。強いお前の元なら、少なくともスカーキングからの干渉は避けられるだろう」
「成程な」
顎に手を当てて思案顔を見せるも、やがて彼は「分かった」と快く承諾してくれた。その反応は予想外だったが、同時に少しだけ安堵する。
傍らでシーモは儂とコングの顔をちらちらと交互に見て戸惑っていた。無理もない。彼女にとって、コングは初対面のタイタンでしかも年下。その上、昨晩までスカーキングによって酷い仕打ちを受けていたのだから。
「シーモと言ったかな。オレはこの怪獣王と腐れ縁……っつーか、ライバルなんだ。宜しくな」
「よ、よろしくお願いします。コングさん」
自分と年齢はおろか随分体格が違うとはいえど、臆面もなく友のように接する彼を見てシーモは戸惑いつつも挨拶を返した。
「オレより体がデカいんだから固くならないで、どっしり構えてなよ。それにオレの事も呼び捨てで構わない。その代わり、アンタの事はシーモって呼ばせてもらうからな」
「はい。分かり……じゃなかった、うん!」
「へへっ、素直だな」
にっこりと微笑んで頭を撫でるコングに、最初はおどおどしていたシーモも段々と慣れていったらしく、やがて嬉しそうにはにかみながら彼の大きな掌に頭を摺り寄せた……と思いきや、彼女の体表にコングが迂闊に素手で触れたことによって、思わず怯んでしまう。
「うおっ!? 冷たっ!アンタ氷みたいじゃないか! 大丈夫なのか?」
「あー…言い忘れていたが、シーモは冷気を司るからその体温は非常に低い。故に触る際には注意しろ」
「そういうことは先に言ってくれよ、怪獣王サマ……」
「ご、ごめん。私の方も言いそびれちゃって…」
「いいよいいよ。オレの方こそ考えナシに触って悪かったな」
謝ろうとするシーモを宥めるように、コングは再度彼女の頭を優しく撫でる。今度ばかりはシーモが彼に心を開きかえているのか冷たさに怯む素振りは見せなかった。
これなら確かに任せられそうだ、と思った矢先、空がわずかに青色を見せ始めた頃こちらも娼館に戻る時が来た。
「それでは短い間だったが、コングよ。シーモの事を頼んだぞ」
「任せておきな。アンタの方も女王の奪還頑張れよ。さ、シーモ…行こうか」
「うん」
「では、さらばだ」
「ああ、また会おうぜ」
そう言って別れを告げると、二体はゲートを通って何処へと去っていった。が、今にも敷居を跨ぎそうになった時、シーモが「少し待っててくれる?」とコングに投げかけ、早足でこちらに歩を進めてきた。
「何だ? 忘れ物でもしたかね?」
「違うの。その……」
首を横に振った後、彼女はこちらの目の前で立ち止まると、顔を俯かせながらこう呟いた。
「不躾ながら、また此処に来ても良いですか? 貴方と語り合いたい事、沢山あるんです。それに………」
「それに?」
何やら言いにくそうに赤面し、口を濁らせるシーモに聞き返すと、彼女は恥ずかしげに視線を伏せる。
「……モスラさんにはとても悪いと思ってるんですけど、あの時の…貴方の舌遣いが忘れられなくて」
あの時の舌遣い―――スカーキングの強制の下、シーモに顔面騎乗された際の事だろう。あの時は奴の暴虐から来る痛みを忘れる様にと祈りを込めて奉仕したつもりだったが、どうやら彼女にとっては依存するほど癖になってしまったらしい。
コングやギドラに続いて思わぬリピーターが増えてしまった事に思わず呆気に取られるも、無碍に断る訳にもいかない。何より自分にとっても数少ない友人の一人だ。
そんな彼女が自分に好意を寄せてくれている以上、此処は快く受け入れるべきなのかもしれない。罪悪感すら湧いたものの、それを押し殺してふっと穏やかな笑みを浮かべると儂は言葉を返した。
「……良かろう。その時はコング共々、客人として歓迎しよう」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに感謝の言葉を口にすると、シーモは今度こそ踵を返してコングの近くに去って行った。その後ろ姿を見届けた後、儂もそろそろ娼館での接客に励むべく―――時々全然来ない日はあるものの、それでもモスラを助ける第一歩を踏み出すべく、館の中へ戻って行くのだった。
【終】
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