面接試験

時期は、新入生若しくは新入社員が入ってくるこの季節。
あちこちの職場で入社式や新人教育が施される中、ある場所では未だに冬の季節が腰を下ろしておりました。

 

「先輩~、今年も無理なんじゃないんですか?」
「いや、今度こそ!今度こそは絶対来る!」

場所は防衛庁、メカゴジラは仁王立ちの体勢を崩さないまま腕組みしながら、しきりに“新人”が来るのを待っていた。
そんな彼の傍らで突っ込みを入れるのは、後輩の機龍。他の隊員は訓練や上司への報告に入っている上に、モゲラは既に宇宙パトロールへ向かっており、故にこうして彼だけがメカゴジラを説得していた。

「そもそも私達の様なゴジラに対抗できる様な巨大ロボットなんて、相当な予算でも注ぎ込まない限りは出てきませんよ。さ、黒木さんからお叱りが来る前に…」
「嫌だ!ガンヘッドとかウツノイクサガミに匹敵するレベルのすっげぇ高機動マシンが出てくるまで、俺は絶対此処を動かねぇ!今日の任務はお前だけで頼む!」

しまいめには自分に与えられた任務をこちらに丸投げする始末。
本来なら目を赤く光らせて咎めたい所なのだが、流石に朝っぱらからエネルギーを無駄にはしたくない。

「…あぁそう、それじゃ一人で頑張って下さ…」

呆れながら踵を返した瞬間、機龍の足が止まった。
自分達から大分離れた所に、やたらとこちらを見ている人影があったからだ。

「ねぇ先輩、あれ……」
「何だよ?」

メカゴジラも機龍が凝視している場所を視線で追う。するとそこには視線に気づいたのか、その影がやや戸惑いがちに立っていた。

「あの人迷子ですかね?」
「只の通りすがりだろ。機龍、一辺見てこい」
「えぇー……」
「俺にはここで新人を待つ義務があるからな」

結局は人任せか…、と心中でメカゴジラにボヤきつつも、機龍はその人影に近づいていった。

 

「どうなさいました?」
「………!」

服装は黒のスーツ姿で、片手にビジネスバッグを抱えていたものの、何よりも気に留まったのはその顔だった。
まるで、モアイ像にニヤケ面を貼り付けた様な、無機質な変わらぬ表情。一見すると怪しさ満点だったが、武器などは持っていない様だった。
相手は一頻り機龍に目配せすると、電子音(恐らく自らの声だろう)を発しながら防衛庁を指差した。

「此処が防衛庁か?そうですよ。何の用で?」

問い掛けられ、いそいそとバッグから書類を取り出す相手。手渡された物を見ると、それは履歴書だった。
字は自分で書いたのか、平仮名も漢字もあちこち角張っている。

「あの…これは……」

返事の代わりに自分の胸を掌でポンと叩き、やや1オクターブ高い電子音が返ってきた。
言葉は解らないけれど、どうやらこのロボットは防衛庁に面接を受けに来た様だ。

「だけど困りますよ、こういうのは私達へ直に渡すんじゃなくて…「どうした機龍」

機龍の言葉を割って、メカゴジラが横から乱入してきた。
そして履歴書とニヤケ面のロボットを互いに凝視すると、「ははぁ」と納得した声を上げ、機龍の代わりに受け答えをした。

「アンタ、此処に面接受けに来たのか?」

その質問に相手は何度も頷く。直後、メカゴジラの脳内では心地よいハープの音色と共に、地面一帯に満面のお花畑が広がり始めた。
顔や怪しさはどうあれ、やっと念願の新人が来たのだ。門前払いなんてとんでもない。

「だったら此処で立ち話してないで、早く応接室に行こうぜ!試験は直ぐ始めるからな!」
「ちょっ、先輩…いきなりそんな」

ロボットの方を見れば、案の定というかやはり電子音を立てながらしきりにお辞儀をしていた。
もう今更追い返す訳には行かないだろう。その証拠に、メカゴジラはやたら上機嫌だったから。

 

 

―――応接室。部屋の外で件のロボットを待たせ、自分達は筆記用具と書類を机に置いて、茶の代わりに高級品オイルを特殊湯呑みに注いだ後、やや離れた場所にパイプ椅子を置いた。

「良いんですか?特佐の許可もナシに面接試験なんて……」
「良いに決まってんだろ。まして自分から意志を持って動くロボットなんて、俺達や宇宙製メカゴジラ以外にいなかったんだし」

「そりゃそうですけど……」
「それにあのロボット、訓練させたら多分…」

話している内、ドアが数回かノックされた。どうやら向こうは準備ができたらしい。

「どうぞ」

機龍がそれに応えると、ロボットは緊張しているのかカチコチとした動きで応接室に入ってきた。
この張り詰めた空気の中でも、相変わらずニヤケ面なのが却ってミスマッチで、何だかシュールにも思えてしまう。

そしてロボットは一旦椅子の側に立ち止まると、今度はメカゴジラの「座れ」の一言で改めて席についた。

「えー、改めて君の面接試験を行う訳だが……おれ、否私はメカゴジラ、こちらは機龍だ。宜しく」
「宜しくお願いします」

機龍が軽くお辞儀をすると、ロボットも電子音を立てて深々と会釈した。

「さて、自己紹介をよろしく頼むよ」

ロボットに投げかけながら、メカゴジラは彼から渡された履歴書に目を通す。名前は「ジェットジャガー」と書いてある。

───ジェットジャガー?どっかで聞いた名前だな…

どこだっけ?と思っている中、ジェットジャガーは相変わらず電子音を発しながら、身振り手振りでジェスチャーを始めた。その光景は事情を知らない第三者から見れば、全くの意味不明な踊りに見えたに違いない。
現にも、メカゴジラはその仕草に首をかしげている。

「機龍、あれ何て言ってんだ?」
「“私はジェットジャガー、過去にゴジラと共闘した事がある電子ロボットです。これまで実家で家庭用のお手伝いロボットして働いてきましたが、ここ最近は宇宙怪獣や異次元超獣等が世の中を跋扈する中でこのままではいけないと思い、当部隊へ志願しました”」
「…何で、そこまで解るの?」
「私も“ゴジラ”だからですよ」

それは理由になっているのか?、という言葉を飲み込み、先程ジェットジャガーが述べた経歴を思い返す。
そういえば過去にメガロとガイガンが地上人を殲滅しようと時、ゴジラが来るまで必死に戦っていた…様な気がする。

「そんな事もあったっけな…ま、理由を聞くに不順じゃなさそうだな」

コミュニケーションの取りづらさと顔はさておき、ここまで実直に来られると却って採用したくなる。が、この程度ではまだ承諾できない。
こちらにはもう一つジェットジャガーに質問したい事があるからだ。

「ふむ、君が凄く熱意のあるロボットなのはよくわかった。ジェットジャガー、ここでは君が見た事もない武器がたくさん置いてあるし、危険な怪獣達に対抗するためにも日がな一日物騒な銃器が使われる事もある。それらを扱いこなす為にも、君は最後まで逃げない覚悟はあるか?」

その質問にも、ジェットジャガーは「問題ない」と言わんばかりに電子音をひとつ上げると、自信満々に他者へ親指を立てた。いわゆるサムズアップという仕草だ。

「自信満々じゃないか…その気概だとこれからの訓練は長く食いついていけそうだな。
その気概に免じて、君を採用する」
「!」

メカゴジラの言葉に、ジェットジャガーは驚いたかのように身を竦ませた。勿論機龍もこの場で―――小声でメカゴジラに投げかける。

「それでいいんですか?経歴を聞いただけで即日採用なんて……」
「あのなぁ機龍、断れる訳ないだろ?かつて凶悪な宇宙怪獣達を前にしても挫けなかった勇敢なロボットが、わざわざウチの門を叩きに来たんだ。いい戦力になれるぜ?」
「ですけど…」
「通訳もとい教育係は任せたぞ。実践訓練は俺が引き受けとくから」

先程のジェスチャーがゴジラ族に通じたからって、育成すらまた自分に押し付けるのか…呆れから来るため息を堪えつつ、機龍はもう一度ジェットジャガーに目を向ける。

「唐突で申し訳ないですけどジェットジャガーさん、いつからここに来れますか?これからの訓練スケジュールを確定させておきたいので―――」

機龍の言葉が忽ち詰まった。というより、視線に入ったものは異様な光景だった。
ジェットジャガーの背丈が、秒ごとに自分達の背丈を超えているように見えたからだ。思わず機龍は満足げにオイルを飲んでいるメカゴジラの腕を掴むと慌てたように切り出す。

「どうしたよ、機龍?何かアイツにバグでも…」
「先輩、早く逃げましょう!」
「何で?地震でも起きて…!?」

目の前の異様な光景にメカゴジラも息を呑んだ。自分達の背丈くらいだった身長は今にも天井に届きそうになっており、忽ちそこを突き破らんばかりに巨大化していた。
どうやら即採用された嬉しさで、彼の中にある良心回路が更なる暴走を起こしたらしい。

「マジかよ…ジェットジャガー!もういい止めろ!…機龍、奴が巨大化するなら何でもっと先に言わねぇんだよ!?」
「先輩が詳しい事を聞かずに進めるからじゃないですか!とにかく早くここを離れますよ!」

面接に武器はいらないと思って置いてきてしまった事を悔やみながら、メカゴジラ達は全速力で駆け出した。背中から響き渡る破壊音を耳にする度、この状況を起こしてしまった事をなんて報告すれば良いか、必死に言い訳を探しながら。

時間が経つに連れて、絶え間ない破壊音と遠くから響く隊員達の悲鳴と合わさって瓦礫と粉塵が辺りを包み、面接室及びその周囲の部屋も崩れ去っていった。

「はぁ、はぁ、先輩、この始末どう付けてくれるんですか!?」
「俺に聞くな!とにかく出口を―――!」

言いかけた直後、突き当りに緑色の如何にも重そうなドアを見つけた。上には見慣れた誘導が灯っている。
間違いない、非常口だ。そう思った直後、ふっと周囲が暗くなった。

「「うわあぁぁああぁ!!」」

どこからか落ちてきたのか一際大きなコンクリート片に真上から圧し潰され、メカゴジラは成す術もなくその場で機能を停止した―――。

 

 

数分後、通報を聞きつけた救急隊が巨大生物対策部隊本部に出向き、ビル倒壊の被害に巻き込まれた隊員達を救い出していた。
当然その中にはメカゴジラも混ざっており、大きな外傷はなかったものの気絶から目覚めた頃には真っ先に対策部隊の上官・黒木特佐に尋問を受けている。その表情はいつもの冷徹さの中に僅かながらの憤怒が満ちており、メカゴジラ達が言い訳をしようものなら即座に叱責されそうな勢いだ。

「お前達がいながら、この状況は一体何だ?スパイが潜り込んでいたのか?」
「そ、それはそのー…これには色々ありまして……」
「…先輩、あれ」

機龍が目線をやった先、そこにはジェットジャガーが自分達を探しているのか、散らばるコンクリート片に足を取られながらも歩を進めつつ周囲を見回していた。

「アイツ……」

メカゴジラが声を漏らした直後、彼もまたこちらに気づくと駆け足で接近し、高速ともいえる速さで頭を下げてきた。

「なるほど。この事態を引き起こしたのはあのロボットだな…即時に持ち主の元へ送り返すか、処分しろ。またこのような事があってはならん」

黒木特佐の言葉に、メカゴジラ達は絶句した。
確かに故意的でないとはいえ嬉しさのあまり巨大化した事で本部を破壊し、内部に残っている隊員達をも巻き込んだ。
ジェットジャガーの方も黒木の言葉、もしくは表情で察したのか怯えたように頭を抱え込んでいる。

「そんな…さすがにそれは……」
「機龍、お前が気にしなくていい。俺が責任を取ります」
「先輩?」

「コイツ…じゃなくてジェットジャガーを引き入れたのは自分です。ウチに来たのも、ここ最近ギドラ族とは違った悪の侵略怪獣が増えてきた為に、そして家族を守るためにわざわざ当部隊へ志願したからなんです。だから……どんな厳罰でも受けますから、どうか俺に彼の面倒を見させてください!」

今度はメカゴジラがこの場で深々と頭を下げてしまい、機龍も黒木も、そしてジェットジャガーですら呆気に取られる。言葉が終わっても未だに頭を上げないままだ。

 

その一方で―――メカゴジラは、過去の自分とジェットジャガーを重ね合わせていた。
未来人のテクノロジー、それもゴジラの宿敵であるメカキングギドラから生み出された経歴のある自分は、当初歩くブックボックスとして一部から恐れられていた経歴があったからだ。
過去の由縁でゴジラの死に執着しているが故に、いつ奴と対峙した途端暴走するかもわからなかった自分……しかし、周囲のサポート・特に後輩の機龍と部下のモゲラとの交流もあり、未だに敵相手にも取り返しのつかない惨事を起こす事もなくここに存在している。

「先輩、私達が着いていますよ」
「隊長、これからも頑張ろうね!」

和気藹々とする反面、時には意見が食い違う事もあれば、侵略怪獣相手に3人共苦戦を強いられてスクラップ寸前にされる時もあった。しかし彼らは決して決裂する事なく、固い結束の上に成り立っている。
上の立場にいながら今までお互いに支え合ってきた者同士、今度はこの度志願してきた一人の新たな新入隊員を守る番だ。そのためには自分はどうなっても構わない。

「お願いします黒木さん!どうか責任を―――」

「何時まで頭を下げているんだ、メカゴジラ。早く皆の救助を手伝ってこい」
「えっ……」

聞き間違えたのだろうか、おずおずと頭をゆっくりと上げる。そこには先ほどの物静かな怒りから一変、少し表情の和らいだ黒木が立っていた。
……許してもらえた。必死の説得が通じたのだ。

「先輩…!良かったですね!」
「黒木さん、ありがとうございます!機龍、ジェットジャガー、早速任務だ!皆を助けるぞ!」
「~~!」

 

メカゴジラを筆頭に、三人は瓦礫が一際多く積まれている箇所へと駆け出した。

「大丈夫ですか?ほら、肩に掴まって」

「今助けるからな、頑張れ。ジェットジャガー、そっち持ってくれ」
「(コクン)」

人間の力では到底持ち上がりそうにない瓦礫を手際よく除けつつ、埋まっている隊員達を助け出してゆく三人を見守る中、一人残された黒木は溜息交じりに呟いた。

「……私も甘いな」

仲間をとことん思うメカゴジラにあそこまで必死に懇願されると、流石の自分も命令を却下せざるを得ない。
それに黒木は知っていた。彼が非番の時、毎日のように本部前に立って新人を待ち侘びていたという事も。それを撥ねつけるような事をすれば到底後味が悪いだろう。

 

―――これからもジェットジャガーとやらの事をよろしく頼むぞ、お前達。

 

あれから―――メカゴジラ達の作業により救助作業は短時間で終わり、その中で事故に巻き込まれた隊員達に死亡者はおらず、全員が軽傷止まりで済んだ。
本部の修復に関しては、メカゴジラが全ての責任を被るとして作業に当たり、建設業者と交じって日中夜問わずひたすらに働いた。

 

そして数日後の夜―――。

「お疲れ様です先輩。今日も異常なしでしたよ」
「隊長、明日もゆっくり休んでて良いからね?」

「あぁ、悪いな。しかし、流石に体中が痛ぇわ~…」

メカゴジラの私室。机の上に機械怪獣用プロテインが置いてあったり、カーペットの上に書類が放り出されていたりと隊長の立場なのに乱雑に散らかっていて、歩くにも気を使わなければならない位だ。
そしてとうの部屋主は帰って早々ソファーに寝転がっており、筋肉痛に悶えつつモゲラ達に介抱を受けていた。

「しかし先輩、たまには片付けて下さいよ。これじゃ踏み出しづらいです」
「いいじゃんか、それ位目ぇ瞑っててくれよ機龍。ところでアイツは、今どうしてる?」
「ジェットジャガーのこと?今オイルを汲みに行ってるよ。隊長が復帰するまでしばらくお手伝い係だって」

のっけから問題を起こしたジェットジャガーは今では三人とすっかり打ち解けており、中でもモゲラは「まるでヒーローみたい」との印象を抱いたためか、彼との良き遊び相手となっている。

「そんな立場なのか…随分予定がズレ込んだ事だし、早いとこ稽古つけてやらねぇとな」
「そうですね。あ、来ましたよ」

言葉が止まった直後足音が近づき、ドアの前で止まる。

「どうぞ」
「ハイ」

機械的な返事と共に、件の人物(?)ジェットジャガーが入ってきた。彼の姿はエプロンを付けており、両手にはオイル用カップが三つ入ったステンレス製のプレートを持っている。
ただ、相変わらずあのスマイル故に不釣り合いに見えるが、これもご愛敬だろう。

「隊長、皆サン、飲用オイルガ入マシタ。ドウゾ」
「ん…?お前喋れるようになったのか?」
「うん。隊長が本部を直しに行ってる間、僕達とコミュニケーションが取れるように人工声帯を付けてもらったんだ。何時までもジェスチャ-や電子音とかじゃ全然わかんないもん」

俺の見てないところでそんな事が起きていたとは。驚きと感心を隠しつつオイルを一口飲んだ。
作戦会議中と仕事が終わった後にいつも飲んでいる味だったが、疲労困憊の自分にとっては熱さや慣れた味わいですらも格別に感じた。

「ありがとな、ジャガー。疲れが和らいだよ」
「恐縮デス。モゲラ君モドウデスカ?」
「とっても美味しいよ、ありがとう」

流石はお手伝いロボットという所か、汲み方が上手だ。機龍すらもコクを愛でつつ時間をかけて嗜んでいる。
このまま寝ていればこの極上美味なオイルが味わえる。しかし、一方でメカゴジラはある決意を秘めていた。

 

―――あの無口だったジェットジャガーが喋れたんだ、俺も隊長としておちおち寝てられねぇな。

オイル用カップを片手にメカゴジラは痛む体を起こしつつ、ジェットジャガーに目を向ける。その様子にモゲラと機龍は驚いたように息を呑んだ。

「先輩、まだ寝てなきゃ…」

「っ…良いんだお前ら、こんなの敵怪獣に痛めつけられた時に比べたら、まだマシな方さ。さてジェットジャガー、お礼と言っちゃなんだが明日から早速訓練だ、ビシバシ行くぞ!」
「隊長……ハイッ!ヨロシクオ願イシマス!」

良い返事だ。人工音声でも判る高らかな決意に、メカゴジラとジェットジャガーはお互い顔を向かい合わせると、さも決心を固めるかのように親指を立てたのだった。