その瞬間、メカゴジラの戦闘システムは限界値を越え、自動的に“敵”を狩る為の攻撃モードへと移行した。
「来るなら来いよ、クソ蜥蜴がッ!!」
月光の下、青い燐光と赤いセンサービームが激突する直前――モスラの腹部から、重圧が消えた。
直後にメカゴジラが吼えるように駆動音を上げ、鋼鉄の脚で地面をえぐって突進してくる。
まるで山が走ってくるかのような質量。
その勢いは――香港で対峙した時と同じ“殺意の全力疾走”。
「メカゴジラァァアァッッッ!!」
対するゴジラも迷いの欠片すらなく踏み込み、正面から迎え撃つ。
地面がめくれ、砂煙が爆発するように舞い上がった。
瞬間――金属音と衝撃の嵐が弾けた。
ガンッ! ガギィィン! ドゴッ!!
爪と鋼の拳がぶつかり、尾が閃光のように走り、時々メカゴジラのがロータークロウズがゴジラの頬を、腕を何度も裂く。
彼の血が飛び散っても、痛みすら意識の外に置いたまま、さらに殴り合いは加速する。
ゴジラの怒りは、痛みや恐怖すらも焼き尽くしていた。
(もう二度と……モスラを泣かせはせん!)
青い燐光を纏った拳がメカゴジラに直撃し、その装甲がわずかに凹む。
「ッ……チッ!」
メカゴジラは後退しながらも腕を振り抜き、ゴジラの側頭部へ鋭い一撃を叩き込む。
ガギンッ!!
決まった、と思ったのは一瞬だった。
昏倒は不可避のはずなのに、ゴジラの全身はわずかに揺れた程度で倒れる素振りもなく、それどころか――
ガァンッ!!
「がはっ……!」
鈍い音と共に、メカゴジラの腹部に衝撃が走る。それは紛れもなくゴジラの拳だった。
というのも、メカゴジラが振り上げた頭部への直撃を、ゴジラは裏拳で受け止めたばかりか、片方の手で既に殴る態勢に入っていたからだ。
(な、なんで……!?)
その瞬間、メカゴジラは反射的に分析する。
(さっきより……動きが速い!? “前”のデータより遥かに!)
怒りが、愛が、王としての矜恃が――ゴジラの身体能力を限界以上に押し上げていた。
だが、それでも勝負は拮抗したままで、鋼の怪物と古代の王が月の下で互いを削り合う。
その時だった。
涼やかな風が横切り、淡雪のような燐光が滑った。
メカゴジラのセンサーが一瞬だけ空を見上げる。
(――モスラ!!)
動けないはずのモスラが、いつの間にかボロボロの翅を震わせ、上空へと舞い上がっていた。
彼女はメカゴジラの死角を縫うように飛び回りながら、燐光を帯びた鱗粉を振り撒く。
それは攻撃ではない。だが、微細な粒子は装甲の継ぎ目や関節部にまとわりつき、内部センサーの演算を狂わせていく。
気付くよりも先にメカゴジラの視界がゆらりと乱れ、追尾が一拍遅れる。
「邪魔だァ!!」
メカゴジラが迎撃用ミサイルを展開する――その“わずかな隙”を、ゴジラが見逃すはずがなかった。
「――ッ!」
地を蹴るごとに蒼い残光の軌跡が走り、ゴジラはメカゴジラの懐へ一瞬で潜り込んだ。
その拳には、今まで心身共々甚振り尽くされた怒りを始め、女王に対する愛と誇りが、すべて込められている。
「オオォォオオォーーッ!!」
相手の咆哮に足が竦み、メカゴジラは息を呑む間も避ける暇もなかった。
途端、顔面に直撃。
甲高い金属音と共にオイルすらも撒き散らし、メカゴジラは数十メートル吹き飛ばされた挙句、大木の幹に激突した。
「ぐ……っ……!?」
内部で火花が散り、関節が悲鳴を上げる。
視界に映る解析画面が赤く染まる。
(なんで避けられなかった!? あんな傷だらけの女に…!?どうしてアイツ…ゴジラは……!!)
その疑問には答えはない。
ただ一つの事実――“モスラを傷つけた故に目覚め、モスラがいたから籠絡の枷にも負けなかった”。
その理解だけは認めたくなくても、否応なくメカゴジラの中枢に焼きつく。
「お前なんか…お前らなんか……ッ! ブッ壊してやる!! チリひとつ残さずにな!!」
吼える鋼鉄の怪物。このままプロトンスクリームキャノンを放てば形勢逆転できそうだったが、先程頭部を強く殴られたショックで顎関節が上手く開かない。
対し、ゴジラはただ一言だけつぶやいた。
「壊されるのは――貴様だ」
その声は低く深く怒りに満ち、しかし確かな“王の声”だった。
向かってきたゴジラの拳が、メカゴジラを再び打ち据える。
「ッ……!!」
その一撃に、初めて“恐怖”が宿った。しかしそれは王への畏怖ではない。
“怪獣王”としての目覚めは、同時にメカゴジラの中の“何か”も呼び起こしていた。
「っ……この……」
それでもなお、メカゴジラは戦意を失うことなく相手を睨みつける―――が、恐怖を悟られないように何とか立ち上がろうとする。
(なんでだ……なんでだよ!?)
メカゴジラの思考回路がショートしかける。
(ボクはコイツの戦闘データや所作、思考パターンも全て解析して造られたんだ! だから……“コイツはボクに絶対に勝てないはず”なんだ!!)
前の世界では人間とコングの介入による邪魔で敗れたが、今回は瀕死も同然な女王の援護付き。
負けるはずがない。そのはずなのに、メカゴジラは目の前の“王”に勝てる気がしなかった。
「うらあぁああぁッッ!!」
咆哮混じりで飛びかかり、メカゴジラは拳を繰り出す。
しかし今のゴジラの前ではただの悪あがきに他ならず、両手ごと呆気なく受け止められたかと思えばギシギシと、自身の腕関節から嫌な音が立つ。
「ッ……!」
このままではへし折られる―――拮抗した状況は忽ち恐怖へと変わり、彼の思考回路をさらに混乱させた。
(どうしてだよ!? そのボクが、何でこんなに怯えなきゃならないんだ!!?)
もはや自分が何に対して恐怖しているのかさえ分からないまま、メカゴジラの思考回路はオーバーヒート寸前だった。
そんな彼に――“渾身の一撃”が決まったのは、次の瞬間だった。
メカゴジラの思考回路が焼け焦げる寸前で、“それ”は訪れた。
ビシィッ!
不意に、メカゴジラの動きが一瞬だけ止まった。力任せに振り上げていた左腕が空中で硬直し、
まるで内部で何かがクリティカルエラーを起こしたように震える。
(――……っ!?)
自分でも理由が分からない。
だが、実際は真上から頻りに降り注ぐモスラの鱗粉が時間をかけてメカゴジラの神経回路内に到達し、微小なスパークを起こした後に彼の身体をフリーズさせたのだ。
当然ながら、その“一瞬の硬直”は戦場では致命傷に等しい。
刹那、ブン、と静かに空気が揺れた瞬間、銀青色の光が月の斜光を裂き―――メカゴジラがその気配に気づいた頃にはもう遅かった。
(……女王!?)
頭上から一直線に降下する影。
ボロボロに裂けた翅を振るわせ、その全身から儚い光を散らす。
その姿は――痛みも疲れも、血に濡れた翼もすべて押し殺して「王を守るためだけに、最期まで飛翔を続ける女王」そのものだった。
「――ッ!!」
メカゴジラが回避行動に移ろうとした瞬間、モスラの鎌が月光のように冷たく閃いた。
ズバァアアアッ!!
右腕が肘から下ごと、綺麗に斬り飛ばされた。
金属片が雨のように飛び散り、切断箇所から黒いオイルや白熱した火花が噴き出す。
「な……ッ、あ、あぁああアァああぁッ!!?」
メカゴジラは痛覚こそ無いはずなのに、それでも“痛みと恐怖に似た反応”を上げた。
その眼前には――怒りに、哀しみに、そして“愛”に燃える、怪獣王が距離を詰めてきている。
その足音だけで大地が震え、メカゴジラの残った視界がノイズで歪んだ。
振り上げた拳は、直視できない程の青白い燐光に包まれていた。
暴走しかけの思考回路で、メカゴジラは理解した。
(あ……ヤバ…い……!)
自分が見てきた中で、最も破壊力ある一撃が来る、と。
最後に見えたのは―――忌々しい程に蒼く輝く、怒れる王の眼。
「――終わりだ」
ゴジラの拳が、メカゴジラの顔面及び全身すらも完全に砕き――
ドゴォオオオオオオオッ!!!
島全体が揺れるほどの轟音が響いた。
鋼鉄の巨体が蒼い閃光を迸らせながら吹き飛ぶのを皮切りに、大きなクレーターを生み出すほどの衝撃が炸裂する。
徹底した完全破壊。再起不能。
王の誇りを取り戻すための戦いは――終わった。

