祝祭奪還リミットブレイク/III

直後、彼の口が大きく開かれると、底知れない憎悪を秘めたかの如き絶叫混じりに、赤い熱線―――プロトンスクリームキャノンが発射された。

「っ!」

モスラが横に避けようとするも、熱線は耐えず彼女を追うように軌道を曲げ、そのうちにジュッ、と音を立てて片脚を掠める。

「うあぁっ!」

焼け付くような激痛が走り、モスラは片膝を折る。
そんな様子にメカゴジラはニタリと口角を吊り上げると、さらに熱線を放ち続けた。

「っ……!」

モスラは咄嗟に翅を広げ、空へと飛び上がる。
その一瞬の隙に脚の傷から血が滴ったが――それでもなんとか空中で体勢を整えた。

(……まだだ……!)

痛みで視界が霞む中、彼女は必死に前を向く。
しかしそんなモスラを嘲笑うかのようにメカゴジラは嗤い声を上げ、その場で前のめりになる。

「逃がすかよ、害虫がァ!!」

吐き捨てたセリフと共に、ミサイルの光跡が夜空に蛇のような軌道を描き、モスラへ殺到する。

(この数……っ! 避けられない……!)

だが次の瞬間――モスラの胸の奥で、何かが強く脈打った。

「……!!」

破れかけた翅の紋様が、かすかに光る。それは本来、繭を張るための本能的な反応。
だが今は――彼、ゴジラを想った瞬間にだけ灯る、か細い生命力の輝きだった。

《ビッ……!》

口から白い塊――粘着質の糸が一直線に放たれる。
それは空中で蜘蛛の巣のように広がり、迫りくる弾頭のいくつかを絡め取った。

次の瞬間、空中で暴発するミサイル。

爆風。閃光。衝撃。

完全には防ぎきれなかった。だが――致命傷だけは、避けられた。

「っ……はァ……ッ!」

焼け付くような空気を肺に吸い込み、新たに走る痛みに身体を揺らしながらも、モスラは光の余韻を引きずったまま、急降下する。
目指す先はただひとつ。

――小屋。

かすれたゴジラの気配を感じてから、そこへ向かうための道筋は揺らいでいなかった。

「逃げる気かァァ……!!」

背後でメカゴジラが咆え、脚部の推進機が噴き上がる。
島の地面を削り、火花の軌跡を残しながらモスラを追う音が迫る。

(――あと少し…!)

月光に照らされた小屋の影が目の前に迫る。
彼女は痛む翅を無理やりたたみ、着地と同時に地面を転がる。

「……ゴジラ……!」

苦痛に耐えつつ、扉に手を伸ばした。
ただし次の瞬間、背後から甲高い金属音が響く。

「おい。そこに触ってんじゃねぇよ、虫螻が」

モスラが小屋のドアに触れようとした瞬間、ぎりりと腕を掴まれる。その勢いは万力のように強く、赤い目が月光以上の冷たさでモスラを射抜いている。
その目は“怒り”でも“苛立ち”でもなく、ただ「虫が何をしようと無駄なのだ」という冷徹な現実を映し出していた。

「っは…離して!」
「あ? 言ったよなァ? “ここで死ね”って」

モスラが振りほどこうともがくが、メカゴジラの腕は全く動かない。それどころか、彼はそのまま彼女の細い肢体を地面に叩きつけた。

「うぁっ……!」

背中に衝撃が走り、一瞬呼吸が止まった。
直後にメカゴジラはモスラの腹部を片脚で踏みつけ、その場で縫い止める。

「がは…ッ……!」
「綺麗に死ねると思った? 残念だけどさァ、アンタはここで終わってもらうよ。散々羽虫みたいに逃げ回ってくれて、ボクに不快な思いをさせてくれたね?」

ぐりぐりと、モスラの腹部をメカゴジラの脚部が踏み躙る。
その痛みと圧迫感に、モスラは苦悶の声を漏らした。

「っ……う…ッ……!」

足掻く力も、羽ばたく力も残っておらず、四肢がわずかに痙攣するだけだった。
それにも構わず、メカゴジラの右足は、ぎち…ぎち……と楽しむように圧を加える。
その動作には殺意だけでなく、歪んだ“鬱屈”が滲んでいた。

「ああ…イイねぇ……この瞬間を待ってた。アイツが愛する者を壊してるこの感覚……最ッ高の気分だよ」

悪辣な笑みに入り交じり、尚もぎらぎらと輝く赤い視線がモスラを射抜き、声がノイズ混じりに歪む。

「前のとき――わざわざお前を見逃して“あげた”んだよ? 卵のまま、ブッ壊しとけばよかった!!」

ぐっ……という鈍い音が、モスラの口から漏れ、時折肋骨を含めた腹部がきしみ、呼吸が詰まりかける。

「兄ちゃんはいっつも、ゴジラゴジラゴジラ……! ヤツを模したボクのことは、ただの手駒扱いさ!」

一方的に悪態を聞かされるばかりか、さらに踏み躙られる。

(……っ……)

モスラは苦痛に耐えながら、その声をただ聞くしかなかった。

「せっかくいい玩具ゴジラが手に入ったのに、次はお前……!」

足がさらに沈み込金属の重量が臓腑にまで食い込み、一瞬視界が真っ白になった。

「なんでこうも上手くいかないんだよォォォ!!」

夜空に向けたその叫びは、明らかに“破裂した”感情だった。
怨嗟。羨望。嫉妬。ノイズ交じりの咆哮はモスラの耳から脳に焼き付き、その奥で何度も反響する。

「っ……かは……!」

腹部を圧迫される苦痛が、そのまま彼女の精神をも蝕む。
メカゴジラの脚部装甲がギチギチと軋む音。それは彼の報われない怒りか――それとも道具として扱われる哀しみか、どちらとも計り知れない。

(だめ……意識が……!)

“死”が近づく気配に、モスラは恐怖した。
彼女にはどこかに卵を産み、これまでの記憶を引き継いだ形で転生する能力がある。しかし、もしここで“死”を迎えれば、次に王と再会できるのはほぼ絶望的になる。

(死なない…死ねない……! ゴジラを、ひとりにはしない!)

朦朧とする意識の中、モスラは必死に震える手を伸ばした。
このまま死んでたまるものか――その怒りと意志だけを糧に。
しかしメカゴジラはそれに気づく様子もなく、感情の渦に身を任せて叫び続ける。

「ボクは兄ちゃんにただ褒められたいんだ!! なんでそれを分かってくれない!!? ―――うああぁあ、もういい!!」

一頻り吐露した後にメカゴジラはようやく我に返ったのか、先程の激昂ぶりが嘘のようにわざと声量を落とし、ぞっとするほど冷たく囁いた。

「……だからさ。今度こそ、木っ端微塵に消えちまえよ」

赤い目がモスラの苦痛に歪んだ顔を覗き込む。

「その瞬間は――中のアイツに聞こえるくらい、思う存分“歌え”よ?」

メカゴジラの口が再び開かれ、赤い閃光がじわじわと眩さを増す。最早自身への反動も辞さない、最後の一撃を放とうとしているのだ――。

(王……!)

呪詛にも似た一連の怨嗟に加えて、女王の悲痛な祈りは―――
小屋の中の王に、すべて届いていた。

 

 

 

閉ざされた扉の向こうで、力なく寝そべっていたままのゴジラの肩が、わずかに震えた。

(……モスラ……?)

メカゴジラ、或いはギドラの声を聞く度に強まっていた支配の膜。
淫紋の呪縛。薬物に似た快楽の残滓。絶望。
それら全てを押しのけるように、胸の底で何かが“波打つ音”がした。

――ドクンッ

微かな光が、閉ざされた肉体の奥底で跳ねる。

(――やめろ)

ここに放り込まれて以来、初めて“理性の声”が戻った。

(やめろ……彼女に…触るな……!)

拳が震え、爪が掌に食い込むほど握り締められる中、それに連動して体表に蒼い燐光がぼんやりと光る。
本能に刻み込まれた王としての誇りが刻印の疼きを上回ったばかりか、全身を巡る血液をひどく沸騰させ―――そしてモスラへの一途な“想い”がゴジラの怒りを爆発させた途端、自ずと金属の床にその一歩を強く踏みつけた。

(これ以上……モスラを傷つけることは赦さんッ!!)

叫ぶより先に、眼前の世界が青白い燐光に包まれた。

 

 

 

背後―――小屋の中から突如放たれた光に、メカゴジラは驚愕する。それは当然ながらモスラの腹部を戒めていた足にも伝わり、忽ち拘束が緩んだ。

「……え?」

ほんの一瞬のことだった。
その“緩み”を作ったのは―――恐怖でも困惑でもなく、圧倒的な“殺気”の奔流。
小屋の木壁が青白い燐光を帯びた次の瞬間、聴覚を劈く勢いを伴った轟音とともに粉砕された。
木片と青い火花が四方に散り、瓦礫の中心から何かがゆっくり姿を現す。

「っ……!?」

メカゴジラの機械瞳マシンアイに解析不能のエラーが走った。
その正面―――そこにいたのは、もはや先ほどまでの腑抜けた奴隷オモチャではない。
肩まで伸びた髪をたなびかせ、蒼い燐光をまとったゴジラがゆっくり、ゆっくりと顔を上げた。
むき出しの上半身はなお傷だらけで、下腹部を覆う布からちらつく中心部にはメカゴジラが刻んだ痕跡すら残っているというのに、その瞳だけは―――かつて失われた“怪獣王”そのものだった。

「………………」

言葉はない。
ただそこにあるのは、“静寂の怒り”。
メカゴジラの戦闘アルゴリズムは、その一歩を視認した瞬間に危険度を真紅に跳ね上げた。

――ドガッ

ゴジラが一歩踏み出すたび、素足にも関わらず地面が沈む。
空気が震え、メカゴジラの中に搭載されている放射線値が跳ね上がる。

「な、なんだよ……!? さっきまで廃人みたいだったクセに…!」

動揺する声が震える。その震えは――メカゴジラ、この世に製造されて初めての“恐怖”だった。

「ふざけんな……! その目…その目だけは、ボクを見るなッ!!」

メカゴジラが叫ぶと同時に、右腕のロータークロウズが唸りを上げる。
だが、次の瞬間。

「ッ――――――!」

ゴジラの目が、蒼く燃えた。
その光は、モスラへではない。自身を甚振り尽くしたギドラへでもない。
ただ一人――女王を傷つけ踏みにじった“自身の模造品” へ向けられた殺意。

「――――――」

ゴジラはゆっくり息を吸い込み、胸郭が大きく膨らむ。
その動きだけで周囲の砂利や木々の一切が震え、メカゴジラのセンサーパネルがノイズをまき散らす。

(駄目だ……まずいまずいまずいまずい!!)

後退りしようとした瞬間、ゴジラが吼えた。
吼え声というより―――裁きの咆哮。

「――――――――ガアァァァッッ!!!!」

それは地を揺らし、空気を裂き、重力さえ振動させるような轟音だった。
その圧に、メカゴジラは思わず後退る。

「な…なんで……!? なんで“今さら”戻れるんだよ……!! アンタは壊しきったハズだぞ!!」

震えた叫びを上げた時には――もう遅かった。
ゴジラが、青い燐光を縦に裂くような勢いで前進する。
一瞬で間合いを詰め、メカゴジラの目を射抜くように、蒼い光が滾る視線を向けた。

それは――“王が取り戻した領域”の証。
かつてギドラとの死闘で世界に刻んだ、あの蒼い殺意。
モスラを守り抜くと決めた者だけが持つ光。

「……若造」

低く、地の底から響くような声で、ゴジラが初めて言葉を発した。

「――貴様の相手は、この儂だ」