祝祭淫獄リミットゼロ/終

「うっわぁ、あれだけされてもラブラブなの? 気持ち悪っ」

メカゴジラの嫌悪と好奇心に満ちた声。それに混じるように、いつの間にか出ていたギドラのニ首からも軽口が混ざる。

「いくら快楽漬けにしても、一度惚れたヤツには敵わないってか…下らねぇ」
「つまんないのー」

好き好きに文句や愚痴を溢しながらも、全員の軽口を遮ったのは、低く湿った声だった。

「――時間だ」

薄闇の中、ギドラの嫉妬が燃えるように渦巻く。
ニ首が息を呑み沈黙するのは勿論、メカゴジラでさえ微かに駆動音を乱すほどの、濃密な殺気。
にじり、にじりと足音が近づき、床板が軋むたび、モスラの翅の温もりが奪われていく気がした。

「っ!?」
(やめろ…来るな……!せめて彼女には手を……)

心のどこかで、誰にも届かない祈りが沈んでいく。けれど、モスラの手だけはゴジラの震える手を包んでいた。
互いの体温だけを頼りに、かろうじて繋ぎ止められている小さな世界。だが――その静寂を切り裂くように、ギドラの足が近づいてくる。

「……実に、目障りな光景だ」

ギドラの声は威嚇している蛇よろしく、低く、怒りに満ちていた。
次の瞬間―――ぐしゃりッ。
乾いた破裂音とともに、床に落ちていたモスラの翅の一部が、ギドラの爪先の下で無惨に砕かれた。

「っぁあ゛……!?」

モスラは泣き顔から一転、ひどく顔を歪ませては、痛みに耐えながら必死に身体を縮こませる。
踏まれた箇所は色を失い、粉雪のように剥離していた。そんな姿にも一切の関心を寄せず、ギドラはただ一瞥すら与えない。

「身の程を知れ。今の女王では何も出来ぬ」

そう吐き捨てる中、ぐりぐりと翅が踏み躙られる。モスラの呼吸が苦痛で止まる中でゴジラの視界が揺れ、自身の胸が灼けるように痛んだ。
ギドラは砕け散った翅の一部を見下ろしながら、嘲るように口角を吊り上げる。

「……これが貴様らの“温もり”か。ずいぶん脆い絆だな」

そして――モスラの手を掴んだ。
強引に容赦なく、翅の温度がゴジラから剥がれ落ちる。

「離せっ……やめ――!」

モスラが抗うが、「抵抗しても無駄だ」と言わんばかりにギドラの指は彼女の手首を締めつけたまま、この場でゆっくりと持ち上げた。

「黙れ、虫螻が。少しの慈悲を与えてやったのが、どうやら間違いだったようだな」

ニ首がにたりと笑い、メカゴジラは“待ってました”とばかりに冷たい光を灯す。
ギドラは続けた。

「再教育の続きをしてやる。貴様のその生意気な矜持ごと、今度こそ徹底的にな」

モスラの瞳が揺れ、ゴジラの爪が床板にめり込む度に、言葉にできない叫びが二人の胸で弾けた。
だが、彼女が足掻けばギドラの引っ張る力は一段と広がり、やがてゴジラの身を包んでいた翅の温もりは完全に引き剥がされてしまった。

「いや……っ…! お願い…少しだけ、王と……!」

呼び声が掠れた瞬間、ギドラの尾が扉を押し開く。

「貴様らの“幸せな時間”は終わりだ。さあ――来い」

加減を知らないままにモスラの体が床上でずりずりと引きずられる中、ゴジラは未だに動けない。というのも、淫紋は尚も強く輝いていたままだったからだ。

暗闇が互いの間に深く落ち、扉が静かに閉じる。その軋む音が、ふたりの地獄を区切る幕となった。

「ひゅ〜…怖かったなぁ、兄ちゃん。ありゃしばらくは戻ってこないかもね」

小屋に残されたのはメカゴジラのみで、先程のギドラの剣幕に怯えていながらも相変わらずの軽口を叩いていた。

「ま……いいや、これであの女王サマも少しは大人しくなるでしょ。さて王サマ…今日もたっぷり可愛がってあげるからさ。どうせ抵抗も出来ないんだし」

メカゴジラの無遠慮な言葉にゴジラは沈黙を返すと、彼は少し不満げに眉を顰める。
それに呼応するように、淫紋が強めに輝いた。

「くっ……!」

不意打ちを食らった形となり、ゴジラがびくんと身体を震わせる。だがそれだけでも一旦治まっていた欲情を呼び起こすような感覚で、身体中の神経を微弱な電流に貫かれたように痺れてしまう。

「少し灯しただけでも出来上っちゃうんだ。ま……当然だよね、この身体ってもう“そういう風”にされちゃってるんだから」

図星を突かれ、ゴジラは顔を歪める。
同時に胸の奥で渦巻く絶望感、それさえもが快楽の呼び水へと変換されてしまうのだからもうどうしようもない。

「アンタの気持ちなんか、手に取るように分かるよ。アイツが玩具にされてるのが辛いんでしょ?だったらさ……もっと気持ち良くなっちゃお? それこそ正気に戻れないくらいにね…!」

メカゴジラの目が嗜虐的な光を宿し、淫紋の輝きすらも増長する。
しかし淫紋の光は、ほんの一瞬だけだったものの、ゴジラの体は勝手にびくん、と跳ねてはその場でのたうつように反応してしまう。
メカゴジラはその様子をまじまじと眺め、にやり、と口角を吊り上げた。

「ほらね。灯りが戻るだけでこれだ。……ホント、可愛い身体だよねぇ。調教された怪獣って感じでさ」

軽口。嘲笑。
けれどもその奥に潜むのは――ギドラの傀儡としての、あからさまな“劣等感”と“羨望”。
メカゴジラは気ままに床をコツコツと歩くと、教会の方角に首を傾けた。

「で――気づいてるよね?」

ゴジラは顔を上げない。だが、胸の奥に冷たい鉛が沈む。
淫紋がじわりと疼くと同時に、遠くから“微かな振動”が伝わってくる。
規則的でも、穏やかでもない。抑えきれない快楽の衝撃と、誰かが床板を軋ませる低い震え。

(……まさか……)

メカゴジラがくすりと笑う。

「さっきのテンションだよ? どうせ寝室なんか戻らないって。あんなの見せられて我慢できるタイプじゃないし」

そして無遠慮に続ける。

「この小屋に繋がってる渡り廊下か……それか礼拝堂で…ってとこじゃない?」

その瞬間、ゴジラの背筋を氷の指で撫でられたような感覚が走った。
耳の奥で微かな衝撃音。重い何かが壁に叩きつけられるような振動。
そして――僅かな悲鳴とくぐもった声が、ほんの一瞬だけ風に紛れて届く。

(モスラ……!)

喉の奥まで声が込み上げる。
しかし声帯は凍りついたように動かない。呻きすら漏れない。
メカゴジラはその沈黙すらも楽しんでいるようだった。

「ツラいよねぇ? アンタ、今どんな気持ち?」

返せない。返したくない。だが体は正直に震え、淫紋が薄く脈動してしまう。

「ほら見て。あの女王サマが“どこで何されてるか”考えただけで、また反応してんじゃん」
「……ッ……!」

否定したい。
だが身体の奥底に植え付けられた“回路”が、悲しみも恐怖も、快楽の方向へと変換してしまう。
最悪だ。それも、その仕組みを理解しているメカゴジラの方が、さらに質が悪い。
メカゴジラはその場でしゃがみ込み、片目のセンサーをゴジラの顔の高さに合わせた。

「ねぇ王サマ。俺さ、アンタにあれやこれやするのが好きだったけど……」

ほんの少しだけ、声色が低くなる。

「今のアンタ見てると――“何もしない”方がもっと従順になるんじゃないかって思えてきた」

ゴジラの呼吸が止まれば、淫紋がまた微かに光る。
行為はない。ただ思考だけが、心だけが、勝手に転がっていく。メカゴジラはそれを確認して満足げに笑った。

「その色惚けた頭で想像してごらんよ」

囁くように、冷たく。

「今まさに“あっち”で何が起きてるかをさ」

ゴジラの拳が屈辱に震え、心臓の拍動が耳鳴りのように大きくなる。
視界の端が揺れる中、メカゴジラはゆっくり立ち上がると、つっと踵を返した。

「という訳で、しばらく放っとくよ。兄ちゃんも戻らないだろうし、アンタもその方が“効く”でしょ?」

薄暗い小屋に、機械の足音が遠ざかっていく。最後に、振り返りもせずに言い捨てた。

「……ねぇ王。あの女王サマ、今どんな顔してると思う?」

その言葉が胸に突き刺さり、返答もできぬまま、淫紋の淡い光だけが暗闇に漂った。
そして――ゴジラは一人、静かに崩れ落ちるように目を閉じた。
逃げ場を塞がれ、何もされないという事実が、最も深い奈落だと知りながら。
メカゴジラの足音は完全に遠ざかった――そう“聞こえる”だけだった。
だが、扉の向こうに立ち塞がる鋼鉄の気配は、一点の揺らぎもなくそこにあった。
逃走など到底許されないと、その無機質な存在感だけで理解させられる。

息が、浅い。淫紋はまだ微かに燻り、抑えようとしても胸の奥から勝手に熱が湧く。
それが誰のせいなのか、何のせいなのか、もう分かり切っているのに――止められない。

(……モスラ……)

ぬくもりはもうどこにもない。翅の感触も、指先の震えも、呼んでくれた声も。
ただ、空っぽの小屋。風のない沈黙。
時折遠く…渡り廊下のどこかで揺れる“重い衝撃音”。
想像した瞬間、心臓がひゅっと縮んだ。それでも、“想像するな”という命令は身体のどこにも刻まれていない。
刻まれているのは――快楽へと変換される回路だけ。

「……っ……!!」

喉から漏れたのは声なのか、息なのか。もう自分でも分からない。
闇が重い。身体も重い。思考だけが、落下するように沈んでいく。

どこへ?

奈落か。絶望か。それとも――“あの光”の奥か。
答えはどこにもない。何もされないという拷問だけが、今は支配者だった。
ゴジラは目を閉じたが、淫紋の淡い光が瞼裏を灼いては、微睡みや眠りすら許さぬまま、思考を削られていく。

(どうして……どうして何も届かんのだ……)

届くはずのない希み―――モスラの安息を願う心がその場に残されたまま、静かに闇へ溶けていった。
時折小屋の外で、金属の足が微かに姿勢を変える音がする。
逃がすつもりなど、最初からない。

そして――完全な暗闇が、ゴジラを飲み込んだ。

 

 

 

【BAD END】

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