祝祭淫獄リミットゼロ/VI

「……っ!? な……何……が……!」

胸の奥が急激に熱くなり、息が詰まるほどの“異物の感情”が押し寄せてきた。
それは絶頂を呼び起こすものでも、彼女自身のものではない。

――ゴジラの、感情だった。

断片的な絶望。声にならない叫び。
助けを求めたくても声すら出ない、深い闇の底のような沈黙。

「っ……あ……やめろ……やめて…っ……! これは……私じゃ、ない……!」

頭を抱えて身を丸めようとするが、鎖が許さない。息が苦しい。胸が締め付けられる。鼓動が速くなっていく。
ギドラは苦悶に耐える彼女を見下ろし、くつりと笑んだ。

「刻印は“王の今”を映す。 その程度……貴殿なら耐えられると思ったのだが?」

さらに追撃するように、左右の首が低く囁く。

「ねぇ女王サマ。 これ、ぜんぶアイツの“本音”だよ? 助けてとも言えないくらい、ボロボロなんだとさ」
「そんな王を、絶頂に溺れたアンタは救えなかった。酷な話だよなぁ?」

モスラの呼吸が乱れ、喉がひくつく。

「……違う……違う……ッ……そんなわけ……!」

否定しようとする心の隙を狙うように――刻印が、第二の波を打った。
今度は“映像”が流れ込む。

ギドラの翼の陰。冷たい床。跪き、うつむいたままのゴジラ。
首輪を掴まれて抵抗もできず、ただ命令を待つだけの沈んだ瞳。

――その場面の切り抜きだけが、ひどく鮮やかに。

思わずモスラは叫んだ。

「ちが……っ! 違う!! これは……見せているだけ……! 偽物…っ、偽りだ!!」

ギドラが嘲るように微笑む。

「偽りかどうか、試してみるか?」

ギドラはモスラの頬に手を添え、静かに囁いた。

「王は今、我のもとにある。そして――貴殿を全く必要としていない。役に立たぬ女王より、従順な器を選んだ」

その一言が、胸の奥底で何かを軋ませた。

「っ……う…嘘だ……! ゴジラが……そんな……はず……!」

だが刻印は、無慈悲なほどに“肯定の脈動”を返してくる。

どくん、どくん、どくん。

(救えなかった)
(間に合わなかった)
(私は――)

モスラの視界から色が消え、音が遠のくとギドラの指が頬をなぞり、彼女の瞳孔がわずかに揺らぐ。

「ああそうだ。“アレ”から渡された玩具なんだがな……」

ギドラは懐から、妙に古びたテープレコーダーを取り出した。
場違いなほど小さく、鈍い金属音を響かせる安っぽい機械。モスラはわずかに警戒したが、それ以上の動きは見せない。
いや、動けなかった。
尚も輝いたままの刻印が彼女の全身に燃え広がり、動く気力を根こそぎ奪っていた。

「安心しろ。これは“記録”するものだそうだ。この機械に声を吹き込めば、それがそのまま再生されるらしい」

説明しながらレコーダーを操作した。
するとテープの回転が始まり、やがてある地点で差し掛かった途端、苦しげな声が響いた。

――くぐもった息。
――苦しげな喉の震え。
――抵抗の気配のない、静かな呼吸。

それは、確かにゴジラのものに“聞こえる”音。

『あ…ッはぁ……! ギドラぁ……ッ♥』
『ふっははは、良い声で啼いてくれるな。さて…貴殿の主は誰か答えぬと、“褒美”は与えんぞ?』
『っ…♥ ギドラ……っ、ギド……ラぁっ! あッ、あぁぁあ!!』

規則的な打突音と、苦悶を僅かに含む嬌声―――と思えば、苦痛から解放されたかのような恍惚に浸った声。

「ぁ……」

モスラは茫然として目を見開いたまま、ただ唇を震わせていた。
今まで聞いたことのない、王の“声”。それは昔から知った低くも穏やかな声色ではなく、快楽に屈服した甘ったるい咆哮。
そして腹部の淫紋が断続的に脈打ち、“あの瞬間”の悦楽をモスラの身体に呼び覚ましていく。

「どうだ? なかなか愉しかろう?」

ギドラは薄ら笑いでレコーダーを止めると、再び懐へと忍ばせる。

「……あ……ぁ……」

一方でモスラはただ呆然と、頭の中で鳴り響く音声を反芻していた。

(そんなはずない)
(ゴジラが……こんな声で……鳴くなんて)

秒ごとに、刻印の明滅が激しくなる。さながら、“ギドラの言葉を信じかけている証左”だと言わんばかりに。

「……っ!」

またも刻印が反応し、脳へ直接“流れ込む”。
それは―――ゴジラが受けた快楽の、すべて。あまりにも濃密で、鮮烈で、まるで自分もギドラの下で嬲られ、同じように支配されてしまったかのような錯覚が押し寄せた。

「どうだ、女王サマ? 貴殿も……そろそろ限界なのでは?」

問いに対し、モスラは慌てて首を振る。しかし無意味だった。
一度刻まれた“声”と刻印の疼きは、彼女の抵抗を嘲笑うかのように強まり――脳の奥へ奥へと、容赦なく押し込まれていく。

「……あ……っ……ぁ…! 嘘……やめて……ゴジラ……!
ゴジ……ラ…………」

彼女の喉から漏れる声は、拒絶と懇願と―――崩れ落ちる寸前の心が入り混じっていた。
その瞬間、モスラの中で、何かが静かに折れた。
抵抗の力が抜けていくと鎖が哀しい音を立て、腕がシーツの上にぱたりと落ちた途端、ギドラが勝ち誇った笑みを浮かべる。

「ようやく……静かになったな、女王よ」

左右の首が楽しげに囁く。

「見た? 兄貴。今の顔」
「折れたねぇ……完全に」

ギドラはモスラの顎をそっと持ち上げ、怯えと混乱で濁った瞳を覗き込む。

「これで良い。貴殿に必要なのは、希望ではなく――我々への従属だ」

モスラの唇が震え、言葉にならない呻きが漏れる。それはもう、抵抗する女王の声ではなかった。
その内にニ首はいつもの軽口を止め、兄の空気に同調するように静まる。
再び静寂が戻るとギドラは徐に立ち上がり、モスラを見下ろす姿勢のまま、まるで儀式の終わりを告げる神父のように目を細めた。

「……だが、よくやった。実に美しい崩れ方だったぞ、女王サマ」

モスラの胸がひくりと揺れる。
その言葉が屈辱か、それとも別の感情を刺激したのか本人にもわからない。
ギドラは喉奥で低く笑い、彼女の頬に添えた手をすべらせながら小さく囁いた。

「貴殿に褒美を与えよう。 愛しの“王”に逢わせてやる」

空気が変わった。嵐の前触れのような不穏さと、抗いがたい運命の匂いが、一室の空気を満たす。

「っ……!」

“再会できる”。そう思っただけで胸が大きく鳴った。
けれど、同時に――どうしようもない不安の影がよぎった。

(もしゴジラが……私のことを、忘れていたら……?)

そんなはずはない。そう自分に言い聞かせようとしても、一度芽生えた疑念は容易く払えなかった。

「どうした?」

ギドラがモスラの髪を撫で、愉悦を滲ませながら問いかける。

「王を救いたいのだろう? それとも――もう、どうでも良くなったか?」
「な……っ! どうでも……なんて……!」

その一言で、モスラは弾かれたように顔を上げた。
ギドラは彼女の散らばった髪をひと房拾い上げ、まるで所有を示すように軽く口づける。

「なら……準備をしようか。鎖は解いてやる。だが――妙な真似をすれば、どうなるかは分かっているな?」

“褒美”などと呼ぶが、その裏にある思惑は明白だった。

(……違う。これは罠……)

本能が告げていた。だが声に出す前にギドラは二首に命じ、モスラを繋いでいた鎖をあっさり噛み切らせた。
ジャリッ、と音を立てて金属が砕ける。

「あ……!」

自由になったはずなのに、足は未だ震えたまま。拳は強く握りしめられ、淫紋はなおも鈍く光り続けている。
そんなモスラを見下ろし、ギドラはあえて優しい声音で告げた。

「安心しろ。歩けない貴殿のために肩ぐらいは貸してやる」
「……っ」
「ただし――“今の王”が、貴殿の望む姿であるとは限らぬがな?」

その一言が、胸の奥の不安を冷えた刃のように抉った。
どんな結果でもいい。ただ、ゴジラに一目会いたい。その一心でここへ来たのだ。だから――会えば分かるはずだった。
足は震え、立ち上がるだけでもやっとだった。鎖は外れたが、まともに歩く力はもう残っていない。
ギドラはそんなモスラの腰へ迷いなく手を添え、まるで倒れ込むのを待っていたかのように支えた。

「ほら。歩け、女王サマ」
「……っく……触るな……!」

振り払おうと力を込めても、指は震えて掴むことすらできない。
ギドラはその無力さに気づきながらも、あえて何も言わず――ただ肩を貸すという“好意の形をした支配”を押し付けてくる。
それが、なにより屈辱だった。

(いや……でも……行かなきゃ…… ゴジラ……王の、ところへ……!)

モスラは自らの弱った脚に必死で力を込め、ギドラの肩に半ば凭れかかるように歩き出した。

 

渡り廊下はやけに静かで、足音と呼吸だけが響く。
その静寂が、かえって胸を強く締めつけた。
ギドラは顔を横に向け、モスラの震えを愉しむように目を細める。

「そんな顔をするな。 すぐに“愛しの王”のところへ着く」

その声音は優しさに似て、しかし底は冷えた毒だけでできている。
明りも差さない板木の上をしばらく進むと、礼拝堂の裏へ向かう狭い道に出た。
風の抜けないその通路は、どこか墓場のように空気が淀んでいるものの、ギドラは歩調を緩めず、淡々と小屋の前まで連れて行く。

一つだけ扉の付いた、簡素すぎる小屋。
だがその扉の前に立った瞬間――モスラの背筋に、説明できないほどの悪寒が走った。ギドラは扉に手をかける前に、ふとモスラへ顔を向ける。
そして、楽しげに言った。

「――何を見ても、後悔するなよ?」
「……っ……!」

その一言で、膝から力が抜けそうになる。ギドラはそんなモスラの腰をさらに強く支え、逃がすつもりなどないと示すかのように扉を押し開いた。

きぃ、と鈍い音が響く。

眩い照明の下、何かが動いた。金属の軋む音と、かすれた低い息。
そして――視界が明瞭になった先に見えたのは、質素な外装とは裏腹に、一面機械に埋め尽くされた一室と、その中心に王を模した機械の獣―――メカゴジラと、彼の上で腰を振らされている怪獣王の姿があった。

「ふぅ、っ…ん、……はぁ……♥」
「ほらほら腰の動きが止まってるよ、怪獣王サマ! もっと奥まで咥え込まないと」

メカゴジラに両手を後ろ手に拘束され、なおも“弄ばれ続けている”ゴジラ。
その風貌は目隠しをされ、深く項垂れ、震え、抵抗すらほとんどできない姿。
だが、それでも腰だけは時折痙攣するように動いていた。その反応は止めどない快楽から逃げるような弱々しいもので、緩慢な動作で腰を引くと、またゆっくりと押し進めるのを繰り返すだけ。

「っ……ん、く……ッ」
「ほら頑張れ! ボクと一緒に気持ち良くなりたいんでしょ!?」

焦れったくなったのか、メカゴジラはゴジラの腰を掴むと、そのまま容赦なく突き上げた。

「っ!!?♥ ひ……ッ、あ……!!」

快楽に溺れていたゴジラの表情が一瞬にして引きつり、目隠しがじわりと濃い染みを作る。

「がっ!♥ あ゙、っぁ、や、め……ッ~~~!?♥♥」

意識外からの衝撃に腰が大きく跳ね上がると、その拍子に白濁が飛び散り、メカゴジラの腹部を汚した。
しかしそれでも律動は止まらない。

「ひぅッ!!?♥ いぁ…っ!♥ ぁ、ああ゙っ!!」
「どうしたの? もう終わりかい?」

腰を掴み上げ、またもや大きく抉るとゴジラの背が弓なりに反る。
その反応を愉しむかのようにメカゴジラは腰を何度も打ち付けた。
何度も揺さぶられているうちに弾みで目隠しが外れ―――その瞳が、わずかにこちらを向いた。

「っ……!」

モスラの胸が、大きく高鳴る。しかし、それは喜びなどではなかった。

「……ぁ……あ……」

彼の瞳には――何も映っていなかった。

“王”としての威厳も、“怪獣王”としての誇りも、“モスラ”に向けていた確かな愛情も。
その全てが霧散したかのように、虚ろで、焦点すら定まっていない。

(ゴジラ……王……っ)

息が詰まる。声を出そうとしても、喉がきゅう、と震えて言葉にならなかった。

――だが、その瞬間。

メカゴジラの動きに合わせて揺れたゴジラの顔が、ほんの一瞬だけモスラの方を向いた。
対の琥珀が、かすかに揺れた。
ほんの微かな、光とも呼べないほどの揺らぎ。
それは「意識」でも「理解」でもない。 ましてや愛情や認識など尚更だった。

……けれど。

(……え……?)

本能の底で、かすかに“彼女だけを覚えている”ような、 そんな微弱な脈動が確かにあった。
彼の瞳が、ほんの少しだけ開いた。

目の奥で微かな火がちらり、と灯った。
名前までは思い出せない。状況も理解していない。ただ――そこに“愛した雌”がいるという本能だけが、凍りついた心の奥底をわずかに揺らした。

「―――……モスラ……?」

名前を呼ばれた瞬間、モスラの胸に燃え上がるものがあった。
怒りか、絶望か、罪悪感か――それすら判別がつかないほど、胸が痛んだ。
ギドラに抉られた心が、愛した人に名を呼ばれただけで震え出す。

「……っ……!!」

ギドラに阻まれるかもしれないのに、思わずモスラが名前を呼ぼうとした瞬間、ゴジラの躰が咆哮交じりにびくびくと痙攣する。

「く……っぅあ゛ああぁッ、見るなぁ! 見ないでくれぇぇッ!!♥♥」
「あはは、今日一番で物凄くイッちゃった〜♪そんなに女王サマに見てもらうのが嬉しいんだー?」

無邪気な嘲笑と、快楽がますます深くなる淫紋の輝き。

「っ……、あ、はぁ……ッ!」

淫紋が輝く度、モスラの理性もまた少しずつ削り取られていく。

胎内からまた淫液が溢れそうになる中、モスラの素足が一歩前へ出ていた。
ギドラの肩を借りているはずの足が、震えながらも前へ。
その瞬間――金属を擦る嘲笑が、室内に響いた。

「……へぇ。動けるじゃないか、虫螻」

メカゴジラが、まるで玩具を見るような無機質な赤い光を点滅させる。

そして、ゴジラの腰をさらに深く押し込む。

「ほら。よーく見ろよ? “救いたい”って思ってる最中でも、アイツはボクの腰にしか反応してないんだけど」
「っ……!?」

背を震わせたモスラの肩を、ギドラがゆっくりと押さえる。
そして小声で、まるで刃物のように冷たく囁いた。

「――可哀想に。 貴殿が助けに来たところで……“王”はもう、 貴殿と共有する快楽より、我々の手で与えられる恍惚の方を選んだのだ」

「……やめ、っ……!」

その言葉に反応したかのように――モスラの下腹部に刻まれた淫紋が、眩く光を放つ。

「ぁ……あ……っ!?」

快楽の残滓が逆流する。
メカゴジラが動くと淫紋が脈打ち、 その衝撃がモスラの下腹部にダイレクトに響いた。
まるで、“これが今の王の選んだ快楽だ”と刻印が告げているようだった。
ギドラは愉悦に満ちた瞳でその反応を見下ろし、 ひとつ静かに息を吐いた。

「ほら見ろ。 貴殿が一歩でも踏み出した瞬間、淫紋が答えを出しただろう?」
「っ……ちが……違うっ……!」
「違わぬ。 ――“王は貴殿を求めていない”。それが、この光の意味だ」

そう言って、ギドラはモスラの震える肩を押さえつけたまま、ふと目を細めた。

「とはいえ――だ」

三つ首が揃って彼女を見下ろす。

「わざわざ危険を侵してまで、遥々この地に来たのだろう? ならば真の褒美をくれてやろう。 ……二度と王から離れられぬよう、永久に“繋いで”やる」
「っ、いやっ……!」

モスラは反射的に後退ろうとしたが、まだ力の入らない足は空を踏むだけだった。
ギドラはそんな抵抗を楽しむかのように顎を上げ、メカゴジラに力無く項垂れたままのゴジラに視線を滑らせる。

「王はまだ理解していまい。 誰が快楽を与え、誰がそれを奪おうとしているのかを……な」

その声音には、残酷な優しさすら混じっていた。
ギドラは一歩、小屋の中へ進む。その動作だけで、室内の空気が圧し潰されるように歪む。
メカゴジラもまた、モスラへと冷たい視線を向ける。

「こっちも準備完了だよ、女王サマ。 ほら、立てるよな?」

その言葉は嘲りであると同時に、逃げ場を奪う宣告でもあった。
モスラは唇を噛みしめ――それでも、ゴジラの方へと目を向ける。

(……あなたを、見捨てられない……!)

その心の揺れを察したのか、ギドラは微笑の形を作った。

「…………いい目だ。 二人とも、そのまま肉欲に溺れ、絶望の底まで堕ちるがいい」

三つの影がゆっくりと近づき、室内の灯りが揺らいだ。