シーモの恩返し:ひとやすみ編

怪獣専用の浴室。とは言っても、人間の目から見れば温泉を湛えたとても広い岩場そのもので、我々怪獣がゆったりと過ごせるように設計されており、決して窮屈感はない。
今ではシーモが石造りのタイルの上で休む形になり、儂はというと「ゴジラさんからどうぞ」と勧められて先に浴槽に浸かっている。

「先に其方から入っても良かっただろうに…相変わらず律儀な性格よのう」
「いえ、そんなことは……それに私が入るととても窮屈になるし、折角のお湯が氷水に変わってしまいますので」
「ふむ、仕方ないが当然だな」

確かにこの体格で共に入ろうものなら湯は溢れかえってしまう上に、微温湯を通り越して一瞬で冷水になるだろう。
それに今の自分は先程シーモに全身を舌で愛撫され、互いに秘所を舐め合った結果体液を引っ掛けられた身。心中で納得しつつも、前脚を出したまま伏せている香箱座りの姿勢でこちらを見下ろす彼女を一瞥したあと、湯面に両手を掬い、ざぶりと軽く肩を洗う。

「ふう……事に及んだ後だと気持ち良いものだな。気を抜くと眠ってしまいそうになる」
「それは大変です。早く上がらないと」
「分かっておる。そう急かすでない」
「ふふっ……すみません」

此方の返答が可笑しかったのか、彼女は小さく笑って謝りつつも再び此方に視線を向ける。その表情が何処となく艶めいていて、つい見惚れてしまいそうになるものの、徐に立ち上がって風呂から出る。

「あっ…もう上がるんですか?」
「構わん、其方を待たせている以上はこれで十分だ」
「ありがとうございます。それじゃあ失礼します」

儂が浴槽から出るのと入れ替わりに、シーモはその場で軽く伸びをして、恐る恐る湯面に前脚を漬ける。すると途端に彼女の周りに波紋が広がり、やがて静寂が訪れる。

「……お邪魔します」

ゆっくりとした動作で体を湯船に沈めると、湯が溢れるのを皮切りに周囲にもうもうと立ち込めていた湯気が瞬く間に消え去り、彼女の周りが明瞭になる。当然ながら肝心の湯は忽ち冷えていき、透明な冷水へと変わった。

「あー……やはりこうなりますよね…折角のお湯を台無しにしてしまって申し訳ありません」
「ふっ、気にするでない。其方の身が清められるのであれば安い代償だ」

当初は熱すぎて嫌がられるかと思ったが、寧ろ一気に湯が冷めた事で却って快適になったらしく、シーモも気まずさから一変、安堵で目を細めている。

「水浴びはよくやっていますけど、こんなじっくり浸かるなんてあんまりなくて…何だか心も洗われるみたいです」
「そうか……ならば、もっと気の済むまで入るといい」
「はい」

そう言うと、シーモはもう一度肩まで深く湯に沈み込む。

「気持ちいい……」

溜め息混じりに呟いてうっとりとした様子で天井を見上げるシーモの姿に、思わず此方も頬が緩んでしまう。すっかり湯は冷え切っていながらも、儂は足湯をする形で彼女の近くに座り込めば、此方に気付いた彼女が顔を向けてくる。

「ゴジラさんもお疲れ様です」
「うむ、其方こそ。こちらも其方を相手出来て心残りはない」
「私も、ゴジラさんに沢山愛されて嬉しかったですよ。思い出しただけで躰が…」

言いかけたところでシーモは自分の発言に気付き、慌てて口を噤むも時既に遅し。羞恥心から顔を赤くして俯き、此方は此方で苦笑いを浮かべてしまう。

「相当儂の奉仕が癖になったようだな、シーモ。何とも愛い奴め」
「うぅ…お恥ずかしい限りです」

恥じらいつつも頷く中、部屋から指定時間を告げるアラーム音が鳴る。そろそろ客人が退室しなければならない時刻だ。

「名残惜しいが、そろそろ時間だな」
「あっ……そうですね。すっかり忘れてました」

シーモも思い至り、ざぶざぶと大きい水音を立てつつ、いそいそと立ち上がる。そして一旦水を払うべくブルブルと全身を震わせ、改めて儂と向き直る。途端に、来た時よりも明らかな変わり様―――冷水で濡れた純白の鱗には各々螺鈿細工の如し輝きが一面と湛えられており、浴室の照明に相まってつい目を奪われてしまう。

「ゴジラさん、今夜はありがとうございました」
「……っ! あ、ああ。こちらこそ」

不意打ち気味に礼を言われ、我に返ると慌てて返事をする。そんな此方の反応に首を傾げるシーモだが、すぐに笑顔に戻っていた。

「ふふっ、どう致しまして。また機会があればお相手させてくださいね」

満面の笑みで返事をすると、シーモはそのまま背を向け、軽やかな足取りで浴室を出ていく。その後ろ姿を見送りながら、一人残された浴槽の中を見る。そこには、薄氷宛らに白っぽく透明な皮がぷかぷかと浮いており、尻尾で触ってみると忽ち指先でじんわりと溶けてしまった。

(シーモの奴、こっそり脱皮しておったか……)

気持ち良さからくるものだったのか、それとも偶然にもその時期が来たのか。どちらにせよ思わぬ置土産に呆気に取られる中、流石に浴槽の半分になった冷水のままでは置いておけず、気怠げな体に鞭打ってひとり湯船を片付けるのだった。

【終】


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