猩々の宴/序

そいつ―――スカーキングは大勢のグレイト・エイプらを引き連れ、この怪獣娼館に訪れた。
その中で、タイタンの中でも強大な力を持つタイタヌス・シーモをどう捕らえたのかは不明だが、スカーキングは彼女を足代わりに使い、その冷凍破壊光線《フロストバイト・ブラスト》で娼館の扉を強引に破壊した。
それを皮切りに、ロビーにいた客を全員追い出し、さらに娼婦たちを選ぶための品書きを利用しながら、各部屋に押し入って『大人しく大部屋に来い』と連行していった。
それは勿論儂も例外ではなく、グレイト・エイプの代わりに事の首謀者―――スカーキングが彼女の背に乗りながらこちらの部屋に押し入ってきた。

「やっと見つけたで、元・怪獣王サマ。まさか、こんなところにおったとはなァ」
「……何しに来た」

怒気を孕んだ口調で問いかけるものの、スカーキングはそれを意にも介さずニタニタとした笑みを浮かべるだけだった。

「おいおい、客が地の底から来とるのにそんな態度せんでもええやないか。せっかく古来からのダチ公とも再会できたんやし、もっと嬉しそうな顔をしてくれてもええんちゃうか? なぁシーモ」
「は、はい……ご主人、様」

話を振られた白い巨躯の怪獣―――それもこちらより体格の大きいタイタン・シーモは四脚を震わせ、明らかにスカーキングに対し怯えた様子を見せていた。
盟友の姿を久しぶりに見て驚くのは当然だ。しかし、並み居るタイタンよりも強いはずの彼女が、なぜこの猩々に従っているのか――その理由を考えながらも、儂は狼狽えることなく問いただした。

「答えろ。何のためにここへ来た? ただの破壊なら、それ相応の代価を払ってもらうぞ」

威嚇を込めて言い放つも、スカーキングはこちらの怒りなど何処吹く風と言わんばかりに鼻で笑う。それが余計に癪に触るが、相手はタイタンの中でも強大な力を持ったシーモの背に乗っている。もし迂闊に手を出した途端、スカーキングが彼女に指示を下して攻撃されるような事があれば、例えこちらでも軽症では済まない。それを見越して奴は依然としてこちらを虚仮にした態度を取っているのだ。

「なぁに、簡単な話や。ワシら、今日からこの娼館を新しい棲家にするつもりでな」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味や。おどれに追放された先での穴蔵暮らしは非常に長かったからなァ、彼処はとても暑くて敵わんかったわい。ついでに此処に勤めとる怪獣娼婦共も、全員残らずワシ等の肉奴隷にしてやるから覚悟しとき」

コイツは地下世界から大勢を引き連れ、ここへ押し寄せた。そして、どこで聞きつけたのか、この娼館を襲撃しに来た。それだけでは飽き足らず、スペースゴジラたちを含む同僚全員を、自分たちの肉奴隷にするとまで言い放った。
こんな理不尽な暴挙を許せるはずが無い。警告を込め、儂の背鰭が青く光る。だが、スカーキングは鼻で笑い、何を思ったのか、体に巻いた骨鞭の先端から青く煌めく鉱石を取り出した。そして、突然それをシーモの頭に翳した。

「……っ!?」
「おーっと、反撃しようとか思うなよ。さもなければお前さんもコイツも苦しむ羽目になるで」

直後、シーモが引き攣った悲鳴を上げ、光から逃れようと必死に頭部を振る。

「ひぎぃっ!? や、やめてご主人様っ、こんな時に……あぐぅううっ!」
「煩いっちゃの。ほれ、あっちにええ的が居るんやから、遠慮せんと何時ものアレ撃たんかいや」
「そ、そんな事……っ、できません! ゴジラさん、だけは……ッ!!」

そう言って彼女は頻りに抵抗の意思を示すものの、奴の手に持っている鉱石の光が強くなると途端に体を戦慄かせながら更に悲痛な声を上げて悶え始めた。
原理は不明だが、あの鉱石が光るほど、シーモは耐え難い苦痛に苛まれるらしい。
盟友が目の前で苦しむのを止めたい。だが、今の俺にはどうすることもできない。そんな状況を嘲笑うように、スカーキングはシーモの歪んだ表情を見て、なお優越感に満ちた笑みを浮かべていた。

「ほぉ、どうしてもコイツを傷付けたくないんやな? まぁええ、拒むと言うならお前の頭がブチ割れるまで続けるまでや」
「ひっ!?」
「や、止めろ! 貴様、それ以上ふざけた真似は―――!」

決して自らの手を下そうとしない卑劣な暴君に、これ以上シーモを痛めつけられるのは我慢ならない。
奴を止めようと動いた瞬間、強烈な冷気の束が儂の横を掠めた。どうやらシーモが苦痛に耐えかねてやむを得ずフロストバイトブラストを、わざとこちらから外す形で発射したらしい。

「……ッ!!」

辺りが鋭い冷気による霧で包まれる中、一段と冷えきった空気が全身を舐める様に伝う。文字通り寒さで硬直する中、スカーキングはさもつまらなさげに声を上げる。

「あーあ、惜しいなぁ。あとちょっとズレとったら、お前さんの腹ン中カッチカチになっとったのにな…。そんで元王サマ…同僚が下でお勤め中なのに、まさかおどれだけ“来ない”なんて言わんよな?」

奴の脅しに黙って従うしかない自分に憤怒しながらも、牙を低く鳴らしつつ何とか怒号を堪えた。ここで下手に逆らえば再びシーモに無意味な苦痛を与えてしまうばかりか、既に大部屋に向かった雌怪獣達にも危害が及ぶかもしれないからだ。
こうなれば、選択肢はひとつしかなかった。

「……わかった。俺も早く、そこへ連れて行け」
「ふん、しつこく強情張るかと思ってたが話が早くて助かるわ。それじゃあ早速……と、その前に」

そう言うとスカーキングはシーモから降りると、巻きつけていた骨鞭をジャラジャラと外し、儂の後ろに回り込んで両手を縛り上げた。

「ぐっ……何のつもりだ」
「なに、念には念を入れとかんとな。安心せぇ、お前さんが素直にしてれば全員無事で済むさかい。では行こか、元怪獣王サマ。シーモもちゃんと着いて来いよ」
「はい……ご主人、様」

スカーキングの呼び掛けにシーモが答えると、そのまま全員の居る大部屋―――もといこの娼館で随一の大きさを誇る貴賓室VIPルームへと連れて行かれた。
これから彼女達共々何をされるのか、こちらを申し訳なさげにちらちらと見てくるシーモを傍目に、儂は歩を進めつつも不安を隠せないままでいた。