「うわわわ――――っ!!」
今“それ”は甲高い絶叫を上げながら、晴天の中を落ちていた。本来ならすぐに手足を引っ込めて飛行できるものの、如何せん疲労が溜まっているのも相まって、バランスが上手く取れない。
そして何よりもザノン号と衝突した瞬間、唐突に眩い光が視界を覆ったかと思えばこの惑星に飛ばされた為、思考が未だに混乱している。
とにかくこのままだと自分は確実に地上に叩きつけられて粉々になってしまう。それだけは何とか避けたい。
―――早く、早く防御体勢を取らないと…!
あれこれ策を練った末“それ”はジェット噴射はできないものの、手足を甲羅に引っ込めると、数分後に来るであろう凄まじい衝撃に耐えるべく、身を縮こまらせた。
一方地上では、森の中に存在している和風一戸建て住宅を取り囲む様に無数の鳥達が群がっていた。
その中心では、緑を基調とした和服の女性が橙色の着物を着た少女を庇い、その眼前では赤いドレスを着た長身の女性と、襟巻きを付けたチンピラ風の青年が立っている。
切羽詰まった自分達とは逆に、相手側に至っては空には大量の配下達を前にして、尚且つお目当ての獲物がいとも容易く捕獲し易い状況にいる、正に余裕綽々の様子だった。
「お姉ちゃん…」
「心配するな。これだけの数、私一人で何とかなる…!」
少女からお姉ちゃんと呼ばれた女性――ガメラは背後にいるトトを宥める様に声を掛けると、眼前にいる敵・イリスとジーダスを改めて見据える。
しかし彼らは目線が合うや否や小馬鹿にした様に笑うと、ガメラ達を哀れむかの様に嘲笑し始めた。
「相変わらず威勢が良いのねぇ、ガメラさんは。早いとこそのちっさいのをジーダスに渡しちゃったら?」
楽になるわよ、の言葉が終わらない内に、ジーダスと呼ばれた青年は下卑た笑みを浮かべると、ガメラ達の前へ一歩にじり寄る。
「イリスの言う通りだぜ姉ちゃ~ん。トトぉ、さっさとこっち来いよ。俺と一緒にイイ事しようぜぇ?」
「い…嫌!貴方なんか嫌い!」
ガメラの背中に隠れる様にして、トトが涙声で返す。その手は微かに震えていた。
そんな彼女の様子にジーダスが溜め息を吐くと、イリスにちらりと目配せをし、後ろへ下がった。
「…二人とも連れないわねぇ。ま、そんな所が最も捕らえ甲斐があるんだけど」
イリスの言葉が途切れると同時に、彼女のスカートの裾から触手が伸びる。その切っ先は一瞬でに二人の腕に巻き付くと、万歳の形で拘束し、宙に浮かせる。
振り解こうにも触手は強い力で両腕を絡めとっており、寧ろ動こうとすれば却って強い力で締め上げられた。
「い、痛い痛い!」
「…っイリス!どういうつもりだ!外せ!」
「イヤよ。これから皆に貴方の剥かれる所見てもらうんだから」
イリスの言葉に、周囲から歓声が上がる。しかしその一方で、ガメラの顔は青ざめていた。
剥かれる?ギャオス達のみならず、妹の見ている前で?
「ふ、ふざけるな!そんな破廉恥な真似は……っあぐ!」
言い切る前に、腕を一層キツく締め上げられ、激痛が走った。
「良いじゃない。普段トトちゃんにも見せてないんでしょ、貴女の眩しい体。ギャオス達も見たがってる事だし、サービスしてあげなさいな」
笑みを浮かべつつも酷薄な台詞を投げかけると同時に、自らの両手を刃物に変えると、触手で吊されているガメラの前へ近寄っていく。白銀で輝く無機質なそれで着物をズタズタにする気だろう。
そんな彼女を見て、トトもまた泣きながら抗議の声を上げる。
「止めてぇ!お姉ちゃんに乱暴しないで!!」
「黙ってろよ。直にアンタも、姉ちゃんの様になんだからなぁ」
いつの間にかトトの横に回ったジーダスが彼女の言葉を遮る。彼もまた、自らを脅かしてきた宿敵が辱めを受ける所を見たくて仕方がない様だ。
「それじゃ、覚悟は良いわね?」
「や、やだ…止めろ…!止めてくれぇ!」
拒絶の言葉を余所に、イリスがガメラの着物に手を掛けたその時だった。突然背後から、ギャオスが半ば悲鳴に近い声を上げた。
「お、お嬢様ぁ!何かがこの近くに落ちてきます!!」
「は?今いい所――――!?」
振り向き様に返答しようとした直後、轟音がしたかと思えば地面が大きく揺れた。
その揺れは忽ちイリスとジーダスの足下をふらつかせ、同時にガメラ姉妹を縛っていた触手の拘束も緩くさせる。
「な、何だ、地震か!?」
「そんなの私が知るわけな……っが!」
突然、イリスの微かな悲鳴が上がった。何故なら、彼女の鳩尾にはガメラのブーツ越しの足がめり込んでいたからだ。
「っぐは…貴女……」
「運が悪かったな、イリス。暫くはそこで寝ていろ」
足を引っ込めた途端、イリスはその場で崩れ落ちるかのように倒れ込む。それと同時に触手が完全に緩み、二人は漸く拘束から解放され、地面に足をつかせた。
勿論この状況に、揺れの恐慌から落ち着いたジーダス達が我に返り、一斉にガメラを睨み始めた。
「テメェよくも…!」
「お嬢様になんて事を…許さん!」
「今度は俺達が生け捕りにしてやるぜ!」
そして、彼らは合図もナシに飛びかかってきた。四方八方から向かってくるギャオス達に、ガメラは手足を甲羅に引っ込めたかと思うと、間髪入れずに空中へ一直線に飛び上がり、無数もの牙や爪の一閃をかわす。すると忽ちギャオス達は互いの頭をぶつけ合い、或いはもつれ合ったせいで手足が絡まったりして、その場で動けなくなった。
しかし、それでも同士討ちを起こさなかった彼らは、しつこくガメラを追った。一部はけたたましい咆哮をバックに罵声を浴びせたり、牙をカチカチと鳴らしたり、何れも彼女に向けて敵意を露わにしている。
―――相変わらず、血の気の多い奴らだな……
揃いも揃って長譲りかと思うと、その変わらぬ喧しさに心中で溜め息を吐いた。ただし、実際に息を吐けるのは、自分が甲羅から顔を出した瞬間だ。
やがてその内、分厚い雲を破って上層圏に出ると、今度は手と顔だけを甲羅から出し、後ろから追ってくるギャオス達を見下ろす。
「彼奴等には少し熱い思いと、頭を冷やさせないとな」
直後、ガメラの口からプラズマ火球が何度も連射され、それらは何れも撃ち漏らしのひとつもなく、ギャオス達の体を撃ち抜いた。
「ま、マズい!逃げろ!」
「無理だ!早すぎる!」
逃げようにも既に遅かった。容赦ない火炎弾の前に、体の一部分にダメージを追った彼らは忽ちバランスを失い、瞬く間に燃え落ちながら地上へと落下してゆく。
やがてガメラの眼前からギャオス達が一匹残らず墜落した頃、彼女は改めて雲越しの地上を見やる。
「さて残るは…あのトカゲだけだな」